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2019-09

北部仏印進駐

ポーランドをソ連と分割したドイツは、続いてノルウェー、デンマークに侵攻、1940(昭和15年)年月にはパリが陥落、フランスが降伏、フランス南部には、親ドイツ政権のヴィシー政府が樹立し、フランスの植民地は、イギリスに亡命した政府とどちらに付くのか、意見が分かれる事となりました。仏領インドシナもこの選択をせままれ、ヴィシー政府側につきました。
この頃、日本は蒋介石ルートに悩まされており、このルート遮断の為、北部仏印進駐を、三国同盟を利用して、ヴィシー政府に認めさせました。しかし、この事は、アメリカの対日態度を硬化させる事ちなり、ルーズベルト大統領は鉄くずの対日禁輸などの経済制裁を行いました。

今日、ご紹介する軍事郵便は、北部仏印進駐の為、仏印の国境に近い広西省の竜州に開設された第205野戦郵便局引き受けの軍事航空便です。

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この北部仏印派遣軍は西村琢磨少将を司令官に昭和15年9月に編成された部隊で、南支那方面軍の隷下で平和進駐を目的として仏領インドシナに進駐しました。しかし一部では現地でも意思の疎通による武力衝突も有り、実際は大変リスクの大きな作戦になってしまいました。

※今日の軍事郵便のアドレスにある、鈴木(和)部隊三橋部隊は、部隊名を調べるのが面倒なのでいつもの如くズボラしちゃいました・・・・・てへっΨ(`▽´)Ψ
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コメント

ソボクな疑問あり。中国広西省竜州から発信してる部隊が、どうして「仏領印度支那派遣」なんですか。昭和16年1月に北部仏印派遣軍が、何でハノイ周辺ではなくて、中国南部なんかでウロウロしてたんでしょうか。これほんとに竜州からの差し出しなの?

いつも書き込み有難うございますm(_)m
現在、毎日が宴会(忘年会)状態なので、まとまって文章を書く時間が少ないので、ここ数日は、書置きのネタの自動UPになっております。ご質問の件、年末年始の行事(私用、公用)が少し落ち着いたら、きちんと回答させて頂きます。

コメンネm(_)m

因みに・・・関東軍事郵便保存会事務局長のAkagiさんが変わりに答えて頂けると大変楽なんやが・・・・ねっ事務局長!!Ψ(`▽´)Ψ

仏印派遣と書いてあっても陸続きですから、必ずしも仏印で引き受けられてない場合もありますよ。あくまでこれは部隊のアドレスだし、だいたい南支派遣軍の隷下でしたからね。この野戦局は北部仏印派遣のために竜州に開設されています。

205局の竜州開設は、某老大家の本を鵜呑みにしての話ではありませんか、アカギさん。爾後星霜30有余年、研究は一新してますよ。初めっからハノイに開設されてたのと違います? アカギさん。

第205野戦局がハノイに開設されていたことを証明する資料があるとすれば、それは新発見ですね。ワクワクします。

どうしてアカギさんがそんなに竜州にこだわるのか不可解。だって、西村部隊(印度支那派遣軍)は第2遣支艦隊の「置き去り事件」で有名なとおり、海上からハイフォンに強行上陸してハノイに入ったんですぜ。竜州なんて駐屯はもちろん、通過さえしてませんって。

アドレスから、西村兵団のハノイ進駐後に編入されたか、あるいは正式には編入されてないがその郵便ルートを利用した部隊かと思ったんですが・・・いずれにしても軍事郵便は、60年以上経った今でも新たな発見や疑問が次々にわいてきて驚かされますね。

「新たな発見や疑問」ではありません。西村部隊が竜州などと全く無関係なことは、66年前から明らかな事実です。第5師団とでも混同してるんじゃありませんか。クドクド往生際が悪いですよ、アカギさん。

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プロフィール

324-磯風

Author:324-磯風
1972年生まれ 男
[軍事郵便]保存会・関西事務局員
趣味と酒、食、女、宇宙戦艦ヤマト、インドア生活(休日)をこよなく愛す
趣味・秘密
本業・割と堅い職業
ニックネーム?・黒い服着た悪魔
トレードマーク・Ψ(`▽´)Ψ
PC系・電気系(家電も含む)が完全に駄目な私ですが、何時まで続ける事が出来るのやら・・よろしくお願いいたします。

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