2007-10

海上保安庁巡視船「みくら」

現実逃避2日目ですΨ(`▽´)Ψ 。

昨日は海自さんだったので、今日は海保さんでいきましょう♪

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この葉書は、秋田海上保安部「みくら」と言うアドレスで記入されています。
消印は、土崎、昭和26年12月24日となっています。

海上保安庁巡視船「みくら」

昭和25年計画450t型(中型)巡視船、れぶん級巡視船「みくら」(PM15)として昭和26年7月、竣工。
昭和54年10月、解役。

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おまけ♪
「みくら」の絵葉書です♪
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コーヒーブレイク

今日は、ちょいコーヒーブレイクで・・・ってか、真面目にやっていると、元来チャランポランな磯としましては・・もう脳ミソフツフツ状態(@@)でして・・・今日から数日は、違うテーマで気晴らししますね♪

んなこんなで今日は、海上自衛隊の護衛艦「すいせん」をご紹介しましょう。

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横須賀地方總監部気付の警備艇「すいせん」差出の葉書で、消印は、横須賀、昭和29年10月4日となっています。

1944年5月に竣工したアメリカ、LSSL1級大型上陸支援艇LSSL74(同型最終艦)が、1953(昭和28年)9月30日、日本に貸与され海上警備隊、ゆり級警備船(LS49)「すいせん」と改名。
昭和28年4月10日、姉妹船(LS8)「あおい」等と第20船隊を新編し、第20船隊は警備船(PF9)「うめ」等とともに第3船隊群を新編。7月1日、海上自衛隊の創設により警備艇へ艦種変更。
昭和32年10月20日姉妹艇(LS46)「かるかや」とともにと第4警戒隊に編入。
昭和33年9月30日、除籍返還。


あー現実逃避Ψ(`▽´)Ψ

対独東洋艦隊作戦-5

WWⅠシリーズ第十四夜。

遣米枝隊。
大正3年9月中旬、シュペー艦隊がサモアに現れたとの情報で、同艦隊が米西海岸に進出する恐れが生じて来ました。
西海岸には、大正2年末から装甲巡洋艦「出雲」がメキシコ革命、警備のため派遣されていたのですが、これに戦艦「肥前」を増派して、第1南遣枝隊から「浅間」を編入して遣米枝隊が編制されました。
その任務は西海岸の通商保護で、カナダのエスカイモルトを根拠地としましたが、ついにドイツ艦隊との戦闘は起きませんでした。
この艦隊は、他の派遣枝隊が任務を解かれた後も「浅間」の座礁などにより、大正4年12月まで任務についていました。

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この無料軍事郵便の葉書は、ビクトリアの絵葉書を利用してさしだされており、消印は、横浜で大正4年9月24日となっています。
艦銘も差出人の署名も有りませんが、まず間違いなく遣米枝隊の艦船でしょう。
磯的なカンで言いますと・・・座礁事件を起こした「浅間」の救援に駆けつけた工作艦の「関東」では・・・っと睨んでますw

最近・・・某オークションで落札したこの時期の「出雲」や、座礁して帰られなくなった「浅間」からの軍事郵便などこの遣米枝隊からのちょい面白い軍事郵便を数点手に入れていたのですが・・・如何せん管理の悪い磯の事・・・まとまって行方不明に・・汗汗。
今日は、こんな程度のごまかしですいませんm(_)m

対独東洋艦隊作戦-4

WWⅠシリーズ第十三夜。

今日は、特別南遣枝隊です。

シュペー艦隊とは別行動のドイツ軽巡洋艦「エムデン」がベンガル湾で通商破壊を始めていました。
そうなると、ニュージーランドとオーストラリアからのヨーロッパ派遣陸軍部隊(アンザック軍)を、印度洋経由で送る事が非常に危険と成りました。
そこで、イギリスは日本にその護衛を依頼、日本海軍は、巡洋戦艦「伊吹」、巡洋艦「薩摩」、「日進」を持って特別南遣枝隊を編制、フリーマントルに派遣しました。
この「伊吹」を基幹とする特別南遣枝隊は、到着後、オーストラリアの巡洋艦と共に、輸送船38隻、約3万名の大部隊を無事、アデンまで送り届ける事が出来ました。

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戦艦「伊吹」差出の無料軍事郵便です。
消印は佐世保、大正3年12月8日ですが、差出の書き込みは、シンガポールで12月11日となっています。

「伊吹」は、11月25日にアンザック軍をアデンまで届けた後、シンガポールに寄港して12月26日に呉に帰港しています。

対独東洋艦隊作戦-3

WWⅠシリーズ第十二夜。

通信中継艦
第1、第2南遣枝隊と横須賀との通信中継艦として、巡洋艦「香取」が大正3年9月19日、単艦横須賀を出航、南洋群島へ向かいました。
「香取」は10月14日にサイパンを占領、中継艦としての任務を負え12月5日に横須賀に帰投しました。

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第1艦船郵便所引き受けの無料軍事郵便です。
消印の日付は、大正3年11月23日で、初めて南洋方面に設置された第1艦船郵便所(神奈川丸内に設置)が取り扱っています。

なんでか?まぁぁ・・通信中継艦だったからかも知れませんが、この「香取」からのこの時期の軍事郵便は何故か多く残っている様におもわれます。

対独東洋艦隊作戦-2

WWⅠシリーズ第十一夜。
しかもワープ中ですw

今日は、第2南遣枝隊のご紹介です。

第1南遣枝隊に続き、戦艦「薩摩」、巡洋艦「矢作」、「平戸」をもって第2南遣枝隊が編制されて、大正3年10月1日に佐世保を出航しました。
この艦隊の任務は、西カロリンの占領で、「ヤップ」「パラオ」「アンガウル」などを、立て続けに占領してまわりました。
この後、青島で座礁事故が頻発すると、測量不十分な南洋で「薩摩」が座礁する事をおそれて、旧式の巡洋戦艦「生駒」を増派してこれと交代させました。

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巡洋艦「平戸」差出の無料軍事郵便です。
差出日の書き込みは大正3年11月14日ですが、消印は、長崎局引き受けの12月3日の印が載っています。
この頃の「平戸」は、南洋諸島占領後に、ドイツ東洋艦隊捜索をしている最中の時期のものです。

対独東洋艦隊作戦-1

WWⅠシリーズ第十夜。

ちんたらと無計画にこのシリーズを始めてしまい・・・ヤヴァイ!!っと気づいてしまいました・・・このまま行くと、めっちゃ長なってしまう(><)。←こんな事、少し考えれば解るはずなのに・・ホント、おバカさんですよね・・・わ・た・しΨ(`▽´)Ψ

っと!言う事で、今日から少し駆け足で走りだしましょう♪
本来の数日分ワープです♪牛和歌丸じゃないですが飛び石作戦でやりましょう・・後半は宇宙戦艦ヤマトの打ち切り決定後の早いイスカンダル到着わずか一話での地球帰還みたいなパターンになりそうですΨ(`▽´)Ψ ご了承下さいまし・・・m(_)m


長い前振りでしたが・・・本題です。
今日からは、対独東洋艦隊作戦についてご紹介して行きましょう。

青島に不在だったドイツ東洋艦隊は、太平洋方面に移動したと当時考えられていました。そのため、海軍は新たに4個艦隊を編制して各地に派遣を決定しました。
イギリスは当初、オーストラリアやニュージーランドに対する脅威を懸念していたので、青島方面のみに日本艦隊の軍事行動を制限しようとしていました・・・が、海軍力の不足していたイギリスは、戦域を制限する事により日本海軍の協力を得られなくなるのを恐れていました。
こうした状況などが味方し、日本は念願だった南洋諸島を手に入れる行動をちる事が出来たのでした。

第1南遣枝隊
ドイツ東洋艦隊の主力、フォン・シュペー中将の装甲巡洋艦「シャルルンホスト」「グナイゼナウ」は、南洋群島のどこかに居るとおもわれていたために、巡洋戦艦「鞍馬」、「筑波」、装甲巡洋艦「浅間」、第16駆逐隊「山風」、「海風」、からなる南遣枝隊が編制され、9月14日に横須賀を出航ましたが、その後、第2南遣枝隊の編制に伴い南遣枝隊は自動的に第1南遣枝隊となり、10月中に、「ヤルート」「クサイ」「ポナペ」「トラック」などを占領しました。

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軍艦「筑波」、大正3年10月17日の横須賀で消印の軍事郵便です。

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旗艦の軍艦「鞍馬」からの軍事郵便、消印は大正3年11月9日、横須賀での引き受けです。

両艦とも横須賀で消印されていますが、この時期、この2隻はまだ南洋方面を行動中で、「筑波」はクサイ近辺、「鞍馬」はミレ近辺に居たとおもわれます。
これらの郵便物は、内地へ戻る徴用船に搭載されて内地へ運ばれたと考えられます。


明日からも数日分ワープしながら、抜粋シリーズを展開しちゃいますね♪

軍艦「金剛」

WWⅠシリーズ第九夜。
え?もう九夜目なんですよね・・・でも・・・まだ、WWⅠの戦争自体、初期中の初期の話しか進んでいないのに・・・汗。

そんなこんなで今日は、当時イギリスで竣工直後の最新鋭巡洋戦艦「金剛」差出の軍事郵便をご紹介しましょう♪

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山口の室積、大正4年1月9日差出の引き受け印が在る無料軍事郵便です。

開戦初頭、第1艦隊のうち、「金剛」のみ太平洋航路保護のため、8月26日に横須賀を出航、ミッドウェー付近まで進出後、内地に帰投ました。

この軍事郵便は、その後、第1艦隊の旗艦となった頃のもので、手紙の文面に「広島湾にて」とあるので、柱島からの差し出しとおもわれます。

9月に内地に帰投後の「金剛」は日本海沿岸警備など、色々やっていたのですが、直接、青島攻略や膠州湾を封鎖作戦には参加せず主に後方支援的な作戦行動しかとらせてもらっていません。
まっそりゃー・・・ねぇぇ・・・折角導入したばかりで、慣熟航行を終えたばかりの最新鋭艦を、即座に戦地に投入して、「もしも」の事が起こったら嫌だったのでしょうw

因みに、この「金剛」はイギリスで建造されたのですが、他の金剛クラスの巡洋戦艦3隻は、日本の造船所で建造されています。
・・・WWⅡ時の戦艦12隻中唯一の「青い目」ちゃんになった彼女でしたぁぁ(「今日のわんこ」風にw

大正4年・元旦

WWⅠシリーズ第八夜。

日独戦の海軍軍事郵便を調べていると、とある面白い事に気づきました・・。
そう・・何故か、大正4年、1月1日の消印が在る無料軍事郵便が圧倒的に多いことを・・・。

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上記の日付の、当時第一艦隊に所属していた戦艦「安芸」からの無料軍事郵便です。

WWⅠは、その戦争が始まった時、「クリスマスは家で家族とすごそう。」なんて軽口が言われていたぐらい、早期に問題が解決すると思われていた戦争でした。

しかも・・・この後、どう狂ったのか数年戦争が続き、しかも、引き続きのロシア革命と、この後の歴史の動乱の原因になった戦争でした。

さて・・・本題。
なんで、4年1月1日の消印の在る軍事郵便が多いのでしょう??
謎ですΨ(`▽´)Ψ

皆様のご意見を頂けないでしょうか??
宜しくお願いいたします。


おっついに、一般公募型の新しいスタイルに逃げだしましたΨ(`▽´)Ψ
明日、以降が楽しみですね♪んで、今日は、これだけw

中国方面海軍作戦-1

WWⅠシリーズ第七夜。
今日から何とか公約どおりWWⅠシリーズにもどりますΨ(`▽´)Ψ
今日は、中国方面海軍作戦についてちょろちょろっと書いて見ましょう♪

日独戦参戦に伴い、海軍は艦隊を日露戦争以来の戦時編制としました。
その任務は、陸軍の青島攻略に協力することと、ドイツ東洋艦隊の追尾、南洋諸島の占領などでした。

海軍は開戦劈頭、戦艦部隊の第1艦隊と巡洋艦部隊の第2艦隊を青島方面に派遣、膠州湾を封鎖、更に中国で警備にあたっていた砲艦部隊の第3艦隊に香港以北の通商保護にあてました。

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この無料軍事郵便は、第1艦隊に所属していた戦艦「摂津」差出のもので、日付けは、大正3年9月12日となっています。
日付け的には、膠州湾を封鎖した8月27日直後のもので、非常にきわどい時期のものです。

この戦艦「摂津」は日本初の「超ド級戦艦」で、当時、世界的にも最新鋭の部類に入る戦艦でした。

閑話休題

今日は、昨日宣言した発言を、完全に反故して閑話休題ですΨ(`▽´)Ψ

っと、いいますのも・・・今日(正確には昨日)大阪の某切手専門店で「50円均一(磯は安物漁りが大好き♪)」のFDC(切手の発行初日印付きのカヴァー)をあさってますと・・・なんと!こんなの↓を発掘しちゃいました♪

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検疫制度100年の記念切手のFDCです。

此処で、カシェ(封筒の左に書かれた絵)に注目Ψ(`▽´)Ψ !!なんと!船の名前が・・・・Ψ(`▽´)Ψ
気を良くした磯は即購入・・・ハイ!、本日の出費、50円也♪


巡視艇「いそかぜ」

海上保安庁の「やかぜ」級巡視艇「CL33」
昭和41年、計画15m型巡視艇として墨田川造船(東京)で10月31日に竣工し、東京海上保安部に配属。
昭和56年12月に竣工した巡視艇「CL240・やまぶき」と交代後、解役。

蛇足
現在も、同銘の巡視艇が、「CL01・いそかぜ」級一番艦のネームシップ(ひらがな銘の巡視艇としては2代目)銘として第3管区海上保安部横浜海上保安部に配属。
昭和63年、計画15m型(高速型)巡視艇として横浜ヨット工作所で9月22日、起工。
平成元年2月7日、進水。3月23日、竣工。


今日は、思わず(嬉しくて)寄り道しちゃいました♪
明日からは、又、通常バージョンに戻る・・予定・・・ですΨ(`▽´)Ψ

海軍重砲隊

WWⅠ特集第六夜。

今日は、開戦後、青島攻略に参加した海軍の重砲隊差出の軍事郵便のご紹介です。

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差出のアドレスは、もちろん海軍式で、「佐世保局気付」で始まっていますが、この軍事郵便の引き受け軍事局は、陸軍の「第3野戦郵便局」です。
日付は、大正3年10月31日となっています。

この部隊は、青島陥落後に直ぐに内地へ引き上げていますので、消印の印影の不鮮明な年号部分が、3年と分かる例です。


この海軍の重砲隊、部隊の使用例としては、割とレアな部類だと思いますので、個人的にはお気に入りのマテリアルなのです♪
さて・・・いよいよ、明日より磯の得意とする海軍関係のマテリアルのご紹介に入りましょう♪・・・っんっま、今日は、その前哨戦っと言う事でΨ(`▽´)Ψ

日独開戦初期の軍事郵便

WWⅠシリーズ第五夜。

今日は、日独戦開戦後、山東半島に派遣される「野戦砲兵第2連隊」差出の軍事郵便です。

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この軍事郵便は、戦地に向かう途中の輸送船から差し出されているもので、大正3年9月17日に門司局で引き受けられています。
この様に、内地より戦地に向かう移動途中も、既に戦地とみなされ、無料軍事郵便が適用させていました。

鉛筆書きで少し読みづらいですが、使用例としては、とても貴重な使用例の部類に入る軍事郵便なのでお許しください。

日独戦初期の軍事郵便と青島攻略

WWⅠシリーズ第四夜。
今日から、うちの本題「軍事郵便」のご紹介としましょう♪
(あんまし・・民間便ばかりご紹介しているとお腹がいっぱいになっちゃいますし・・・Ψ(`▽´)Ψ ・・本当はWWⅠ箱からサルベージュするのがめんどくさいなんて裏事情話したら・・・怒られそうやから・・って・・もう、遅いですなw)

今日、ご紹介するマテリアルは、日本がドイツに宣戦布告した、大正3年8月23日、以降、先ず日本にとっての脅威である山東半島におけるドイツ軍の最大拠点、青島を攻略するために、内地で急遽編制された「独立第18師団」に所属していた「歩兵第56連隊」差出の軍事郵便です。(長い説明w

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この軍事郵便は、青島北方の即墨に設置されていた「第3野戦局」引き受けのもので、この局が開設後、二日目の大正3年9月26日に引き受けられたものです。
しかし、この軍事郵便自体の差出は、9月の25日となっています。

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手紙の文面には、青島に上陸後の詳しい内容が記されていて大変興味深い内容になっております。

この独立第18師団は、当初、青島半島北部の竜口に上陸、そして、別働隊が、青島東方の労山湾から上陸して青島を包囲する様な作戦で、青島が陥落してドイツ軍が降伏したのは、11月7日でした。

因みに・・・この手紙の内容に在る「我が飛行機も高く」と在るのが、日本の航空機としてはじめて実戦に投入された海軍機をさしています。



久々に・・・真面目に調べ物をした様な・・・汗汗。
しかし・・我ながら自分で調べて初めて分かるのが、この分野(WWⅠ時代)の資料不足ですね・・・。もう、分からん事や疑問だらけです。その点・・やっぱ、「タカハシスタンプ」さんのHPの資料研究の凄さをまざまざと見せ付けられる思いです。あーあ・・・やっぱ・・思いつきで簡単に特集始めるもんじゃないです・・自分で自分の首を絞め・・このシリーズ、何時放棄するか分りませんw
もう・・逃げモード100%の磯でしたΨ(`▽´)Ψ

トリエステ宛て

今日もWWⅠシリーズ第三夜。

今日は現イタリアのトリエステに宛てたカヴァーをご紹介しましょう。

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大正3年10月21日に神戸よりイタリア経由でトリエステ宛てに差し出されたカヴァーです。

当時トリエステは、オーストリア帝国の唯一の大規模な港ととして、オーストリア=ハンガリー帝国に属していました。

この当時は、まだイタリアは各国との複雑な関係の中、中立(1915年4月に連合国に参加)を宣言していた時なのでイタリア経由で郵便が逓送出来たのでしょう。
裏面には、トリエステでの軍事検閲の印と開封後に付箋が付いています。

この第一次大戦後、トリエステはイタリア領となり、第二次大戦後の現在の様な複雑な状況は皆様、ご承知の通りだとおもいます。

シベリアの途絶

昨日に引き続きWWⅠ特集第二夜。

今日は、WWⅠ勃発、ロシアの参戦でシベリア経由が途絶する大正3年7月31日直前のカヴァーをご紹介しましょう。

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このカヴァーは、フランスに在った日本海軍の事務所に横須賀停泊の軍艦「橋立」よりさしだされたものです。
差出日は、大正3年7月23日で、ルートの指定が「シベリア経由」と左上に記入されています。
この後、この宛先の事務所は、大戦の関係でイギリスのロンドンに移転していますので、この手紙もロンドンに転送されています。

WWⅠ勃発

今日から数日間は、第1次世界大戦の特集を組もう!っと、さっき決めました・・・相変わらず行き当たりばったりの磯ですΨ(`▽´)Ψ

んで・・・一次大戦関係のマテリアルが入ってる箱をゴソゴソ・・・。

あっそうそう・・この一次大戦関係の郵便史的なHPとして有名なのは、「株式会社タカハシスタンプ商会」様のHP内に在るコンテンツ「日独戦争Ⅰ」及び「Ⅱ」に膨大な資料と画像が有りますののでご参考の程を・・・。
http://www.takahashistamp.com/

ぶっちゃけ、ここHPのクオリティーが高過ぎるので、ここのHPを拝見させて頂いていたら、私の特集なんて、子供騙しも良い所なのですが・・・・汗
(あーあ、また、親HPさんの許可無しにHPのルーを無断記載してしまった・・怒られるな・・きっと・・否!絶対!!)


さて、そんな逆境?の中、今日ご紹介するのは、これですΨ(`▽´)Ψ

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このカヴァーは、大正3年6月に起きた「サラエボ事件」をきっかけに勃発した第一次大戦の初期、日本は「日英同盟」を結んでいたが、参戦する義務は無く、中立を宣言していた時期の8月3日に神戸を差し出されたもので、この時期、すでに7月31日、ロシアがドイツに対して参戦した為にシベリアルートが途絶した後のドイツ宛ての使用例です。

翌4日にはイギリスがドイツに参戦を宣言していますが、このカヴァーは、カナダ経由が指定されています。

この後、日本も8月23日にドイツに対して宣戦を布告します。

日本がドイツの敵国となった後にドイツに到着して、9月12日に軍事検閲がされています。


取りあえず、第一夜はこんなもんで如何でしたでしょうか?
・・・WWⅠやろうと思って、とある現実に直面・・・。
良く考えたらWWⅠ関係の参考文献を殆ど所有してない磯がいたのです・・どうしよう・・・汗。

名誉挽回

先日の大チョンボを挽回出来そうなマテリアルが出てきましたのでご紹介いたしましょう♪

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この軍事郵便は、満州事変勃発後、急遽、内地から増派された陸軍歩兵31連隊の兵士が差し出したもので、奉天の昭和6年11月25日の機械印で証示されている葉書です。

この、第31連隊は第8師団(事変勃発後に内地から師団主力の殆どを満州に派遣した。)に所属して、「熱河作戦」などに参加した連隊です。


・・・汚名挽回・・に・・・なったのかなぁぁぁ・・・汗。

第42海軍

今日は、印影シリーズからのご紹介です。
「第42海軍軍用郵便所」の印影です。

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使用されている葉書は、海軍特別航空軍事葉書で、消印の日付けは、昭和18年1月6日となっています。
この印(郵便所)のロケーティングは、第12特別根拠地隊となっています、そして、この軍事郵便の差出アドレスも「佐世保局気付イ11イ32」で、アンダマンに展開していた「第12特別根拠地隊」となっていますので、その通りズバリの使用例でしょう。
因みに、このアドレス例の組み合わせは、昭和17年の12月の中頃より使用されていますので、こちらの方から見ても合点のいく使用例です。


実は・・今日・・・東京のとある会議に出席されていた大先輩より大変面白いお話を拝聴したのですが・・・詳しい事は、また、このブログでおいおいご紹介させていただきます・・・ねΨ(`▽´)Ψ
↑思わせぶりな書き込みですいませんw

あぁぁ・・・無情

今日は、テニアン島で米軍に接収されたマテリアルをご紹介しましょう。

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この葉書は、テニアン島に差し出された日付けとしては、たぶん最終に近い日付を持った軍事郵便だと思われる例で、差出の日付は昭和19年5月24日となっています。
葉書のアドレスは、横須賀局気付ウ21ウ318で、テニアン島に展開していた第82防空隊となっており、このアドレスが使用された期間は、19年の5月10日頃からとなっています・・・。

テニアン島に、米軍が上陸したのが昭和19年7月24日で、同島が陥落したのは、8月2日の事でした。

この葉書も、米軍にその時、摂取されたもので、米軍の接収印が大きく不気味にその存在感をアピールしています。
・・っが!、そんな姿がもっと拍車をかけて、個人的には、哀愁をかんじさせるマテリアルとなっています。

フィリピン・フランス領事館

今日は、あっさりと色合いの良い日本の占領地切手・・フィリピンの使用例おば・・・w

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これは、フィリピンに有った、スイスの領事館より、日本のフィリピンの大使館に宛てた郵便物です。
消印は、マニラで、1943(昭和18年)年9月21日差し出されています。
料金は10センタボとなっています。

スイスは、永世中立国なので、この時代の郵便を集めているものにとっては、当時のマテリアルの残存量、供給が豊富で、大変助かってます。

まぁぁ・・・全体的にぬぼぉぉぉぉっとした感がぬけないカヴァーですが、そこはそこ、「あばたも笑窪」、わりとカワイイカバーではないでしょうか??

重巡洋艦「加古」

艦艇シリーズ・・重巡洋艦の「加古」です。

大正9年、計画中型(二等)巡洋艦として川崎重工業神戸造船所に発注。
大正11年2月15日、起工。3月17日、建造中止。

大正11年10月9日、古鷹級重巡洋艦に設計変更された。10月23日、計画第1甲型巡洋艦。11月17日、川崎神戸造船所で同級中、最初に起工(本艦は同級1番艦として起工されたが建造中のクレーン事故により工事が遅延)。大正14年4月10日、進水。大正15年、7月20日、竣工(大正年間に完成した最後の軍艦)。

昭和11年7月1日、予備艦。7月4日、佐世保工廠で近代化改装に着手。
昭和12年12月27日、工事完了、第6戦隊に編入。

昭和17年8月8日、第1次ソロモン海戦に重巡洋艦鳥海等とともに参加。8月9日、ニュー・アイルランド島カヴィエンに向けて航行中、シンベリ島北東で、アメリカ潜水艦(SS155)S44の発射した魚雷を右舷艦首、中央部、後部に受け沈没。
全乗員718名中、68名が死亡。9月15日、除籍。

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この軍事郵便のアドレスは、呉局気付軍艦「加古」となっています。

大戦中初期の沈没で、太平洋戦争勃発後の軍事郵便は非常に少なく感じられる重巡洋艦の一つですね♪


・・・「加古」って・・・古鷹クラス(2隻)だったんですねぇぇ・・・この記事書いてて思い出しました。
・・っと、言う事は・・・同型艦そろって昭和17年度中に亡失しているのですよねぇぇ・・しかも・・・準同型艦の「衣笠」も仲良く昭和17年中に亡失・・。
20年7月の呉空襲まで生き延びた「青葉(準同型)」はなぜが、幸運なのに可哀そうな気持ちに成るのはなぜでしょうか・・?

報国号

昨日に引き続き、写真使用の「報国号」絵葉書のご紹介です。

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いやぁぁ・・・実にひねくれたラインナップですΨ(`▽´)Ψ
もう・・磯の心を鷲摑みにしてはなしません♪
まぁぁそのぉぉ・・・微妙な写真の修正(昨日の記事の絵葉書も)はご愛嬌って・・・事で・・・w

この葉書の面白いところは、裏の作りが、陸軍・海軍共通って所なんですよね♪

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これは、陸軍省発行葉書の裏面です・・・ご参考までに♪

陸軍省発行葉書

今日は、割りとありふれているけど・・・素直に(磯が)格好良いと思う絵葉書をご紹介しましょう♪

陸軍省発行の写真を利用した葉書です。

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上の葉書は「愛国号」葉書です。
普通・・・「愛国(陸軍)号」「報国(海軍)号」といえば、直ぐに思いつくのが飛行機なのですが・・・以外に、陸軍も海軍も飛行機以外の寄贈車(機)が多いです。

下の葉書は、陸軍省が発行したプロパガンダ用の宣伝葉書です。
2点とも編集形態が同じなので、案外同じ部署が作成したものかも知れません。


明日は・・・「報国号」のひねくれ例をご紹介しましょう♪

我が海軍の精鋭

今日は絵葉書シリーズです。

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この絵葉書は、もっと大きなセットなのですが、一回に出来るスキャンの関係で、抜粋での紹介としますね♪(要は・・ただ、2回もスキャンするのが、めんどくさかったなんて・・・口が裂けてもいえませんΨ(`▽´)Ψ )

この葉書の裏面には、横須賀鎮守府の昭和16年6月12日の検閲許可済みの印がこの時代には珍しく、紫のインクを使用して手押しで押してあります。


いっやぁぁ・・・しかし・・・この時代・・・時代が時代だったのか知れませんが、修正しまくりの写真を使用していますねΨ(`▽´)Ψ
(個人的には結構好きなのですが・・・こんな写真w)

南方方面の憲兵隊

今日は、太平洋戦争開戦後に、南方方面に展開した憲兵隊からの無料軍事郵便をご紹介しましょう。

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この軍事郵便は、比島(フィリピン)派遣軍に所属した憲兵隊差出のカヴァーです。
この軍事郵便で面白いのは、その憲兵隊が、水上憲兵隊と言う所でしょうか・・・♪

南方軍に所属していたこの比島の憲兵隊は、上級部隊に第14方面軍を持った第14方面軍憲兵隊でした。

第41海軍

今日は、久々に印影シリーズ・・で、「第41海軍」をご紹介しましょう♪

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消印は、表題の通りの「第41海軍」です。
日付けは、昭和16年10月4日で、アドレスは、第41海軍軍用郵便所気付の海軍設営隊の派遣隊差出の無料軍事郵便となっています。

「第41海軍」のロケーティングは、(この軍事郵便が差し出された時代)所管が佐世保、所属は南遣艦隊、設置場所は第81通信隊となっております。
開設は、昭和16年7月31日となっていますからこの軍事郵便は、開設の約3ヵ月後に差し出された事となります。


あーあ・・・本当は今日、UPしようと思っていた「山形ボタ」の記事を、自動更新のタイマーのし間違いで、昨日の内に2つもUPしてしまい・・・・あーあぁぁ・・・もったいない・・・もったいない・・(TT)

12345

Ψ(`▽´)Ψ

さっき、自分のブログを覗いたら、またもや「12345」を発見♪

どなたが踏んで頂いたのを見れたのですから・・・これは幸福??なのかな?

PM11:58

山形ボタ

今日は、数日前に発見した、小判葉書の軍隊関係使用の続きですΨ(`▽´)Ψ

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この葉書は、山形から明治21年4月8日に、千葉の市川に有った陸軍の教導団に宛てた葉書です。

消印に「山形ボタ」と言う白抜きの「ボタ」印が使用されています・・が、軍事史的には、何も関係ございませんΨ(`▽´)Ψ

今日は、これだけ♪

横須賀/鎮守府構内・・戦後使用

今日は、横須賀に有った鎮守府構内局と言う分室印の戦後相当たってからの後期使用(例外使用)を、ご紹介しましょうΨ(`▽´)Ψ

20071003133216.jpg

昭和23年4月5日の使用です。
この他に、10点以上品物を確認(内所有は、単片2点、カヴァー3点)していますので、この印は、意図的に相当後期まで、使われていたようです。
理由は、不明ですが・・・まぁぁ資材不足が考えられる一番有力な理由でしょうw

昨日は、重たかったので、今日は軽めです♪

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プロフィール

324-磯風

Author:324-磯風
1972年生まれ 男
軍事郵便保存会・関西事務局員
趣味と酒、食、女、宇宙戦艦ヤマト、インドア生活(休日)をこよなく愛す
趣味・秘密
本業・割と堅い職業
ニックネーム?・黒い服着た悪魔
トレードマーク・Ψ(`▽´)Ψ
PC系・電気系(家電も含む)が完全に駄目な私ですが、何時まで続ける事が出来るのやら・・よろしくお願いいたします。

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