2007-09

羅馬教皇使節館

最近・・・ちょいと面白い(磯の好みの)ものを手に入れましたので、ご紹介おば・・・。

ヴァチカン市国の出先機関(普通の国の大使館の様なもの)として、日本に置かれていた「羅馬教皇使節館」が、戦時中に日本から香港に宛てた郵便物をご紹介しましょう♪

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消印は、赤坂・昭和17年12月4日で、差出人はヴァチカン市国国籍の使節です。
宛先人も、香港在住のイタリア人の司教です。

当時、ヴァチカン市国は、枢軸国のイタリア国内(ローマ市内・・・まぁぁ・・今でも皆様、ご存知の通りですね。)に有りましたが、政治的には、特殊な勢力として、在る意味スイスの赤十字社の様な、アンタッチャブルな世界でした。
(まぁぁ・・実際にはイロイロ在った様ですが・・・。)

そんな、ヴァチカン市国の「羅馬教皇使節館」は、現在も基本的には同じ名称で、世界各地に出先機関を出しています。

因みに・・・この日本の「羅馬教皇使節館」は東京の麻布に有り、道を一本隔てたら、赤坂の第一連隊が真正面に・・・だから使用した郵便局もロケーティング的に赤坂郵便局らしいのです。(Sさん・・情報有難うございますm(_)m)


実は、このカヴァー・・・とあるオークションに出品されていたのですが、入札をしようとしてて「ド」忘れしてまして・・・。
だめ元で、不落札品をオークショナーさんに調べて頂いたら・・・なんと!不落札で残っているではないですか♪
しかも、この時のオークション・・・私が入札し損ねた品物で、欲しかったもの4点全てが不落札・・・「おー私の神よ!」ってな、ラッキーな出来事を体験したのでありました。
(しかも、今日、ご紹介したマテリアルは記事だけ見ての「感」頼りのブラインド・ビット・・・いやぁぁ品物届くまでドキドキもんでしたわΨ(`▽´)Ψ )

やっぱ・・・日頃の行いの良さΨ(`▽´)Ψ なのでしょう。
↑こんな事で、運を使い果たしてるとも言うw
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戦病者葉書-海軍使用

今日も、胸焼けしない程度に・・・Ψ(`▽´)Ψ

今日は、戦病者葉書の海軍使用をご紹介しましょう♪

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消印は東舞鶴の機械印で、昭和16年6月4日の使用。
差出アドレスは、舞鶴海軍新病院となっています。

この葉書も、2銭新楠公葉書と同じ紙質バラエティーを持っており、この葉書は、後期の租紙のタイプです。
しっかし・・・不思議なのは、初期(光沢の在る黄紙)紙には不思議と海軍使用が少なく感じられるのは私だけでしょうか?

最近・・・この葉書を使用した、台湾・高雄の海軍病院使用だと思い購入した葉書が、台湾・陸軍病院の間違いで、がっくりOrz。
・・・あーあ・・この葉書で陸軍・海軍病院のそろい(コンプリート)は何時になるのやら・・・(TT)

大日本傷痍軍人会

今日は、最近自分的にコッテリしてましたので・・・。
自分癒しの為に・・・綺麗な絵葉書の紹介です。

大日本傷痍軍人会大阪府支部発行

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伊国傷痍軍人の風情絵葉書のセットです。

結構面白みの在る葉書だと思うのですが・・・Ψ(`▽´)Ψ

今日は、こんな所で♪

逃げるが勝ちΨ(`▽´)Ψ

ここの所・・・不得意な満州事変関係を特集してまして・・もう、いっぱいいっぱいになってしまいまして・・・まぁぁ某国の前首相状態ですわwんだから、元々足元に出ていた「馬のお足」の下から、まだ「豚の足(某某国では日本人を現す隠語だそうです。)」まで見せて・・・Ψ(`▽´)Ψ

ハイ、自分の元々得意分野に逃避します(><)今日からまた。

で、復帰第一日目は、あいも変わらず海軍の軍事郵便のご紹介です♪

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海軍の特別往復航空軍事葉書を利用した無料軍事郵便です。
アドレスは、横須賀局気付セ54セ101第5号掃海艇(YS2Sp型)で、カウ湾の第26特別根拠地隊付属の第5号掃海艇差出となっています。
この部隊(艦艇)のアドレスは、大体18年の11月末より19年11月頭(4日)までの一年弱、使用されていました。

第5号掃海艇
昭和4年2月25日、88艦隊計画による19計画掃海艇として三井造船玉野造船所で竣工。
昭和17年3月20日、第1掃海隊に編入。4月15日、第1掃海隊司令掃海艇を継承。
昭和18年6月12日、第1掃海隊司令掃海艇を継承。
昭和19年11月4日、マラッカ海峡で魚雷を受けて沈没。


あーあ・・・やっぱ、本来の得意分野のカヴァーは紹介してて楽です。
だって・・・何処でごまかして、何処で楽が出来るか自分で「三味線」弾ける所が・・Ψ(`▽´)Ψ
明日は、何にしましょうか??

満州切手の発行

今日は、満州国の切手、発行についてちょろちょろっと・・・。
記事の内容の母体は、昨日も書きましたが、以前制作したリーフ書き込みからのパクリですΨ(`▽´)Ψ

始め、昭和7年8月1日に満州国独自の切手を発行しようと考えていましたが、7月26日に南京政府が、在満の中華郵政を完全に閉鎖してしまいました。
日本は急遽、慌てて満州国切手の発行を同、7月26日に繰り上げました。
しかし元の中華郵政職員の内、満州国郵政に残った者は少なく、実質的に局の再開が出来たには、その後1ヶ月たってもわずか数十局でだったらしいです。

その後、満州国切手が発行された後も、満州地方の郵便の主権を奪われた中国郵政は満州国郵政を認めず、満州より中国方面に出された手紙は全て未納扱にされ、配達時に未納料を徴収しました。

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このかヴぁーは、中国宛の第1種2倍重量書留便です。
差出は、濱江〔哈爾浜〕、昭和7年11月23日で、到着は北京、昭和7年12月12日となっています。
料金は、満州側・満州切手(基本料4分×2倍重量)8分+書留料6分=14分。
中国側・中国不足料切手(基本料5分×2倍重量)10分+書留料8分×不足料料金の2倍=36分。
っと、なっています。



しっかし・・・・予算の割り振りをしていると、中国関係のマテリアルは、収集人口が多いのか、収集家のレベルが滅茶苦茶高く・・・中々良い品物を手に入れる事が出来ず(軟弱者とお呼び下さい)いつも予算・知識の関係で、軍事も民事もまけ続けてます・・・(TT)う・・・ん・・・一度、負け癖が付くと駄目になっちゃいますよねぇぇ・・・元々の駄目人間要素を持ってる身にすれば・・・。

一度、このジャンルも真面目に勉強しなおさなければなりません。

満州国の建国

昨日はホンマ・・アホなポンミスをしてしまって・・・汗汗。
んで・・・だ、今日は今日で「こじつけ」マテリアルのご紹介・・Ψ(`▽´)Ψ ん・ん・・まぁぁ・・磯はこの系の記事(正統な軍事郵便の記事ではなく「こじつけ」記事)を書いてる方が元来向いていると、親しい友人などに、褒めちぎられるのは何故でしょうw?

昭和7年3月1日、満州国政府は「建国宣言」をし、清朝最後の皇帝「溥儀」を執政に就任させました。
首都となった長春を新京と改称、9月15日の「日満議定書」により日本は、満州国を承認、同時に関東軍司令官による、満州国官吏の任命権、日本による鉄道・港湾路の管理・敷設権などを認めさせて、傀儡国家の「満州国」が誕生しました。

今日は、満州国の建国関連と題してますが・・・実際には、東北地方の中華郵政の摂取についてです。

その郵政面では、同年4月1日中華郵政の接取を宣言、初期の混乱期を経て7月26日第1次普通切手の発行にこぎつけましたが、しかし郵便の主権を奪われた中国郵政などとの関係や、郵便局員の不足など、課題山積状態のスタートだったらしいです。

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向かって左の葉書は、満州事変2日前の哈爾浜、昭和6年9月16日(日本年号で表示)の葉書で、向かって右が、哈爾浜、昭和7年8月31日で、旧切手(東北地方専用加刷付きの中華郵政切手)使用最終日の手紙です。

因みに、昭和7年7月26日に、満州切手が発行された後も8月末までは旧中華郵政の切手が使用できました。


しっかし・・・・本当に、磯はこの満州関連が弱いですなぁぁ・・・。
今日、ご紹介した、この2通の葉書も、肝心な消印の印影がもう・・・ヘロヘロですし・・・汗。
このジャンルは、もっと専門の方が沢山おられるので、磯のはあくまでも補助マテリアルの感覚での収集ですw
また、間違った事を磯がのたまって居たら、磯への突っ込み宜しくお願いいたします・・・専門家の諸兄様・・m(_)m

因みに・・今日の記事は、数年前に磯が制作した某作品の説明記事の内容をそのままパクったので、記事の信憑性に自信はありませんのです・・Ψ(`▽´)Ψ (キッパリw

朝鮮軍の越境部隊 24日差し替え記事

やらかしたミスの為の緊急差し替え記事のUPです。

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中江鎮、昭和7年7月22日、差出の朝鮮、普通郵便局引き受けの無料軍事郵便です。

これは、満州事変勃発後、南満州に越境した朝鮮軍が使用したもので、差出人のアドレスは、南満州モルサン派遣・歩兵第77連隊となっています。


詳しくはまだ書いていない、不十分な記事(この朝鮮軍の越境は結構有名なエピソードなので、記事にしたらだいぶん長い記事になっちゃいます。)なのですが、取りあえずお茶濁し程度に「緊急作り置き記事」を、UPしました。
すいませんでした。m(_)m

なぁぁに考えてたんやろう??

なぁぁにも考えてなかったのでしょうΨ(`▽´)Ψ

今日UPの記事は全て間違いでした。
すいませんm(_)m


今日、今までUPしていた記事は消させて頂きました。

今日の分の新しい記事は、後ほど再UPさせて頂きますね。

ふぅぅ・・・・日付けを読み間違った上に、勘違い・・・我ながらあほなミスをやらかしました・・・。

自分で気づいてよかったぁぁ・・・こんなアホミス。

AM8:00

満州事変での海軍部隊

今日は、リクエストももらっておりました、満州事変で出動した海軍部隊の使用した手紙をご紹介しましょう♪
(まっ正確には微妙な違いは在るのですが・・・汗)

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この手紙は、湾岸警備のため関東州の旅順を拠点とする第2遣外艦隊に所属する第16駆逐隊の駆逐艦「芙蓉」から差出されたものです。

この手紙も、「平台」軍事切手が使用されたもので、当時戦地扱い(作戦行動中)の部隊にしか配布されていない切手が使用されています。

この軍事切手も旅順に展開する第2遣外艦隊全てに配布されていたわけでは無く、例えば、この第16駆逐隊に配属されていた駆逐艦6隻の内、「天津事件」で陸戦隊を抽出した「芙蓉」、「刈萱」、「朝顔」3隻だけにしか軍事切手の配布が許可されなかったみたいです。

この軍事切手貼りのカヴァーは、その「天津事件」の時のカヴァーです。


あっ因みに、同じ第2遣外艦隊に所属していたのに、軍事切手を配布されていない船には有料の郵便が使用されましたので、その例をご紹介しておきましょう♪
(今日は出血大サービスだぁぁぁΨ(`▽´)Ψ )

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第2遣外艦隊第13駆逐隊所属の駆逐艦「若竹」差し出しの、昭和7年1月1日、旅順の消印が乗った有料年賀状(多分・・年賀特例です。)です。

おんなじ艦隊に属していてこの違い・・・Ψ(`▽´)Ψ
今日は、そんな例の紹介でした。

Ψ(`▽´)Ψ

今日は、不肖私のご生誕の日なのです。


って事で、
はっぴばーすでー・つー・みー♪

・・・・一年前とおんなじ事やってますなぁぁぁ・・・Ψ(`▽´)Ψ
まぁぁぁ・・人間、一年やそこらで進歩しまへんΨ(`▽´)Ψ Ψ(`▽´)Ψ

あーあ・・・今年は、東京スタンペックスにも行けず・・・関西で独り寂しくお仕事な日々・・。

まっグチっても仕方無いので、今日は、去年と同じく、少し良いワインで乾杯です。
一年、頑張った自分にご褒美なのです。
(いつも、こんな事言ってる様な・・・汗。)
まぁぁ・・普段は、安酒しか飲んでませんから・・・ねぇぇぇ。
何飲もうかな・・・じゅるっ・・この前見つけた、スペインのヴィンテージのカヴァと・・・・。
この、考えてる時間が至福の時なのかも知れません。

国境守備隊

満州事変シリーズ、今日は満州事変当時国境警備についていて、事変勃発後、直ぐに作戦行動を起こした部隊差出の手紙をご紹介しましょう。

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この手紙は、独立守備第1大隊が満州事変後に吉林から差し出している手紙で、「平台」軍事切手が貼られ、長春の機械印で抹消されています。
日付けは、昭和6年9月27日で、満州事変勃発9日後の消印です。

因みにこの部隊は、多門二郎中将隷下の第二師団と共に作戦行動した独立守備隊の中(第1~6大隊)の一部隊です。

この軍事切手は、当時関東軍の中で、国境守備隊など常時軍事行動をしていた部隊などに配布されていたもので、満州事変勃発後は、関東州に展開していた一部の部隊(軍事切手使用の為のガイドラインはきちんと有ったみたいです。)以外に使われなくなってしまいました。



う・・・ん・・・改めてマテリアルを調べると・・・調べれば調べるほど次なる疑問が・・・・正直辛いですね・・自分の不得意分野は・・汗汗。
突っ込み・ご指摘、大歓迎です。
アホな磯にご教授・・・愛の手をプリーズですm(_)m
あー我ながらバカな特集を組んだもんだ・・・。

年内使用

本日、2回目のUPΨ(`▽´)Ψ
まぁぁ・・・こっちは、いつもの通常版ですが・・・。

満州事変シリーズ
今日は、昭和6年中の年内使用をご紹介しましょう。

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瓦房店、昭和6年12月29日差出の無料軍事郵便で、ギリギリ年内せーフΨ(`▽´)Ψ

差出部隊のアドレスは、独立野戦重砲兵8連隊第4中隊です。
この独立野戦重砲兵8連隊の初陣はこの満州事変で、この第4中隊を編制して内地から派遣されました。この部隊は、この後、引き続き上海事変に投入され、昭和7年5月の上海事変停戦で内地に帰営しました。
よって、この無料軍事郵便も昭和6年の使用と確定なのですΨ(`▽´)Ψ

まぁぁ・・だから何?っと、言われそうなネタですが・・・何故か満州事変関係の無料軍事郵便は、昭和7年1月1日の年賀状からの使用例が爆発的に増えて、昭和6年中の使用例は、無い事は無いのですが・・・少ないんですよね・・汗汗^^;

某K氏に言わせると・・「いっぱい在るよ。」だそうですが、如何せん磯の一番弱いエリアなので・・・。
因みに昨日、一昨日の有料時代の手紙もこのK氏のコレクションには、事変勃発当日の郵便で「今から○○に向かいます。」と言う内容のよだれじゅるじゅるもののマテリアルを所蔵されて居るのですよねぇぇ・・・いいなぁぁ・・・いいなぁぁ・・・下さい!(><)KさんΨ(`▽´)Ψ

東京スタンペックス2007

先日、ご案内した「東京スタンペックス2007」のパンフレットが出て来ましたのでUPしておきますね♪
会期は、今日から4日間です。

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詳細は、少し変更が在るらしいのですが、概ねこのままの開催らしいです。

あーあー・・私も行きたいのですが・・・本業の予定が、来週までびっしり詰まってまして・・・動けません・・うがぁぁぁ!!

有料と無料の狭間で

今日も、昨日に引き続き満州関連のマテリアルをご紹介しましょう。

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この2点の有料便と無料軍事郵便の葉書・・・。
向かって左が、奉天、 昭和6年11月11日、
向かって右が、安東県、昭和6年11月20日、
です。

この間に、昨日の記事でも触れました様に、昭和6年11月13日より、無料軍事郵便が適用されたのでした。

残念な事に今日、ご紹介した葉書・・・2点とも部隊名が不明なのです。
あぁぁぁ・・・2点で何とか一人前?かな??と思いつつ、今日、ご紹介した次第ですΨ(`▽´)Ψ

緊急告知

当会の関東事務局長が、今月(9月)21日(金)~24日(月・祝)まで東京の逓信総合博物館(ていぱーく)で開かれる、「東京スタンペックス2007」と言うイベントに作品を出品する事となりました。

参加作品の題名は、「日台軍事関係史」です。

このブログの読者様で、もし、ご都合が付きましたら、冷やかしついでに参観頂ければ幸いです。

http://www.teipark.jp/event_stampex.html
(逓信総合博物館HPより転載)

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満州事変

昨日、ブログ開設一周年記念で、お休みしてて・・・何か物足りない・・なんか、有ったよなぁぁ・・・っと、思いつつぼーっとしてると、「あっそうやったんや!」と気づく始末でして・・・汗。

9月18日といやぁぁ・・満州事変勃発の日じゃーあーりませんか。
・・・つー事で、満州事変関連の記事を急遽UPです。
(海軍区別符シリーズは少しお休み頂きますね。)

んでだ、今日、慌てて何か満州事変関連のマテリアルを探して、満州関係の箱をゴソゴソ・・・。
今になって気づいても遅いのですが・・・私(当会)の所有しているマテリアルで、一番弱い所が満州関連なんですよね・・・。

今日ご紹介するマテリアルを何とか・・・発見Ψ(`▽´)Ψ
いやぁぁ・・・焦った焦った・・。

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昭和6年9月18日、日本の関東軍は中国東北の奉天近郊の柳条湖で満州鉄道の線路を爆破し中国側の謀略としました。
それを理由に満州地方で軍事行動を開始し、その日の内に奉天を占領したのをはじめ、わずか1日の短期間で東北地方の南部を関東軍は制圧しました。

政府は閣議を開き事変不拡大の方針をうちだしましたが、関東軍は独断で次々と占領地域を拡大、これを日本では「満州事変」と呼ぶようになりました。
この事変が引き金となり、後に支那事変(日中戦争)、太平洋戦争へと発展していくきっかけとなりました。

この手紙の日付は、昭和6年10月13日で、事変勃発後約一月の手紙です。差出地は、奉天で、差出部隊は、「満州奉天混成第39旅団」となっています。

満州地区で、軍事郵便が適用されたのは、同年11月13日よりだったので、それまで、満州事変参加部隊差出の郵便物は、基本的に有料便ばかりです。(まー関東軍が暴走してやった作戦ですから・・・軍事郵便の適用へったくれも無かった訳でしょう・・・汗)


明日から数日間、満州事変特集をついで?に組みますねΨ(`▽´)Ψ

又、やっちゃってました・・・記事の間違い・・汗(記事は訂正済みです。)
ゆいむう様、毎度の事ながらご指摘有難うございます。

祝一周年

本日で、このブログもやっと、一歳になりました。
このブログを通じて新たにお付き合いいただけた方も多く誠に喜ばしいかぎりです。
これからも、「一日一記事一画像」を目指して頑張って行こうと思いますので、どうぞ皆様におかれましては、こんな磯とこのブログ、宜しくお引き回しの程を、宜しくお願いいたします。m(_)m

んで・・・

今日は・・・

やはり・・・

お休みしますねΨ(`▽´)Ψ


今日は、これから一人で、取って置きの「クリュッグ グラン キューベ ブリュット」って、シャンパンで乾杯なのです♪

はてはて??

Ψ(`▽´)Ψ
今日は、ちょい変なのを持ってきました。

こいつです。

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この軍事郵便アドレスは、横須賀局気付ウ11ウ48ウ1(・・・一応YU123型)で、サイパン島・第5根拠地隊なのですが・・・その後の「ウ1」ってなんだぁぁ??っと言う例です。

まっ多分・・書き間違いか、第1分隊と言う意味なのでしょうが・・・。
まぁぁとにかく、「ウ」の部隊区別符は、「ウ00」に始まり「ウ10」となり全て2桁数字がスタートなので・・・「ウ一桁」は存在しないのですよねぇぇ・・・理屈的にはΨ(`▽´)Ψ

まっ今日もそんなこんなで軽装版でおおくりいたしました。

テニアン

今日から2日ほどは、いつもの画像のみUPです。

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この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付ウ21ウ319(YU12型)で、「テニアン島・第83防空隊」をさしています。

このアドレスの使用時期は、昭和19年5月10日以降となっていますので、多分同年7月24日米軍上陸、同・8月2日のテニアン島玉砕まで、全期間を通しても3ヶ月弱しか存在しないアドレスの組み合わせとなっています。

理屈で言いますと・・あっヤヴァイ・・軽装版だった・・今日の記事Ψ(`▽´)Ψ

では。

あっ因みに、今日は僕が一年前に、このブログ開始の準備(入会とか)した日なのですよね♪
正確なこのブログ一周年記念は数日後ですΨ(`▽´)Ψ

ラポール

今日は、海軍の南方、一大拠点のラバウル(ラポール)のご紹介です。

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アドレスは、横須賀局気付ウ105ウ308(YU12型)で、ラポール・第67防空隊です。
この部隊のこの組み合わせでの区別符の使用は、18年の12月末と言われています。

上の所在地区別符「ウ105」のラポールからの軍事郵便は、海軍の一大拠点だったらしく、多くの使用例が残されています。

特に下、部隊区別符、「ウ129」の第81警備隊などの残存量が非常に多くかんじられます。

因みにこの「ウ308」のお隣番号「ウ309」は、高砂儀勇隊第二義勇中隊といい、これも、頭番号の組み合わせは「ウ105」なのですが、わずか番号が一番違いで、こうも性格の違う部隊が割り当てられてるのが、情報秘匿の面においても、この区別符の制定当時の狙いだったのでしょう。

舞鎮第一特陸

今日は、所在地区別符(上番号)を飛ばして、ぶっつけで部隊区別符(下番号)を使用した例を、ご紹介しましょう。

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海軍特別航空軍用葉書を使用した軍事郵便です。

アドレスは、佐世保局気付ウ224(SaU2型)で、舞鶴鎮守府第一特別陸戦隊です。
(この「ウ224」のパターンも以前ここで、マテリアルは違いますがご紹介しています♪2007年5月22日参照。)
このアドレスの使用期間は、昭和18年2月27日以降、使用開始となっています。

この部隊は、海南島に展開していた部隊なのですが、海南島は、何故か所在地区別符が割り当てられていないのですΨ(`▽´)Ψ
(実は・・・海軍特別航空軍用葉書の中国方面の使用例は、非常に希なのですが、何故かこの海南島だけは多数配給されている様なのです。)
まぁぁ・・・中国から太平洋戦争開戦の為に、海軍は大幅な戦力の後退を行い、中国方面に展開した部隊が、開戦後も部隊名を堂々と書き続けていたのは、中国方面の所在地区別符自体の割り振りが無く、下番号の部隊区別符なども割り振りが無かった為でしょうΨ(`▽´)Ψ 。ですので、例えば「上海特別陸戦隊」などには、初めから部隊区別符の割りあてが在りませんでしたので、ずっと部隊固有名を使用し続けていました。

そこで、海南島関係の軍事郵便は、「佐世保局気付」のアドレスで処理され、「気付+部隊区別符」と言う、変則的なアドレスパターンが生れる事となっています。
このタイプのパターンは、後に、内地に展開する部隊に部隊区別符が割り振られた時の、アドレスパターンとして継承(日本の内地にも、所在地区別符は終戦まで付けられませんでした。)されています。

このマテリアルは、磯が始めて入手した、戦地扱いの海軍部隊区別符単独使用のカヴァーなので、思い入れもひとしおなのです♪

ジョグジャカルタ

くっそぉぉぉぉ!

まっ昨日の事故は忘れて、今日も「セ」の地域、ジョグジャカルタをご紹介しましょう。

くっそぉぉぉぉ!

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っと言う事で、本題です。

アドレスは呉局気付セ66テ39(KS1T2型)で、ジョグジャカルタ・第31航空隊です。

この、下番号、「テ39」を使用する「第31航空隊」は臨時編制された攻撃・偵察混成部隊でした(昭和17年11月1日に第954航空隊に改編)、作戦地域が、本来頭を「テ」とする地域の部隊(マニラに配置され、フィリピン近海の哨戒を担当していました。)でしたが、活動地域の展開時期により、「セ」の地域に展開した時期の使用例と混在しています。
まー部隊は動くものですからねΨ(`▽´)Ψ 。

しかし・・ちょい、不思議なのは、この「テ39」と言うアドレスが制定された時期には、すでに「第954航空隊」と部隊名称が変わっていたのに海軍広報には「第31航空隊」と記載されています。
まっ同じ、フィリピン方面に展開していた「第32航空隊」もそのままなのですが・・・これは、プチ不思議です。

因みに、このアドレス(呉局気付セ66テ39)の使用期間は、19年10月4日から11月9日までの1ヶ月ちょいとなっています。

この第954空も最後は、フィリピンの防空戦が開始後も、攻撃力が貧弱なため航空戦には投入されず、フィリピン着船団の護衛を続行しました。その後形式的に20年に入り第901空に編入されましたが、この時期は、もう実機は既に失って、要員は地上戦部隊に転じています。

あ!

あっ!

やってもた!!

自動更新の日時間違えて、2日分UPしちゃいました・・。

あーあっもったいない(TT)

折角の作り置きの記事が・・・。

・・・憂いばかりで備え無し・・・

自分に合掌・・・orz

アンボン

今日も海軍区別符シリーズ

「セ」の地域、アンボンです。

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アドレスは、呉局気付セ40セ50(KS12型)で、アンボン・第1海軍臨時設営班です。
このアドレスは、昭和18年の9月13日から使用されています。

先ずは・・

今日から、数日間・・だと思う、「海軍区別符」についてちょろちょろっと特集組んでみましょう♪
前回の特集では、「俺流」の「海軍区別符分類記号」について数日間やりましたが、どうも不十分な終わり方(まー尻切れトンボですわw)だったので、今回は、ちゃーんと腰すえてやりましょうか?と一念発起・・・わずか数時間で、「前回の補足的な奴」に脳内変更・・・ハイ!いつもの磯さんのパターンになりそうですΨ(`▽´)Ψ

んなこんなで、今日のマテリアルはコレ、
「占守島・大湊海軍施設部工事場」(横須賀局気付ウ123ウ259)からの軍事郵便です。(YU12型)

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この軍事郵便、裏面の文章に、「昭和18年も末を向かえ・・・」と言う文章があります。

そして、やっかいなのが、この下の部隊番号「ウ259」なのです。
この部隊番号、実は一度使用部隊名が変更されており、第一次は、昭和18年6月28日~8月24日までが、「大湊海軍建築部工事場」で、その次の日以降が、今日、ご紹介している「大湊海軍施設部工事場」(第二次)なのです。

まぁぁ・・・部隊名の変更に伴う変更だと普通思うのですが、この「大湊海軍施設部工事場」の場合、部隊が占守島に展開後に、この部隊番号が変更されているので、あながちいい加減な部隊名変更ではないのです。

この下部隊番号は、結構、同じ番号を使用しても、気付、所在地区別符、時期によってまったく意味の違う記号となる事多いというのが、最近の研究で判明してきています。


今日は、部隊区別符についてちょろちょろっと書きましたが、明日からも、この海軍区別符の性格とか、使用パターンにつてランダムに(←ここ重要)ご紹介していきますね。第一日目は、こーんな感じでお許しをw

水上機母艦「瑞穂」

昨日も暑かった・・ついでに、朝までマラソンでカラオケボックス・・・アルコール飲みまくりで、朝、主治医にあって採血・・もちろんこっぴどく怒られた事は、言うまでも有りませんΨ(`▽´)Ψ
んでもって、久々の休日(午前中に仕事、数件まとめて)いやぁぁ・・・昼間から飲むひゃっこいビールは美味いですねぇぇ・・・。
残暑を楽しみながらツバスの刺身とマナガツオの骨せんべい甘辛煮をつっついてました♪
いつも、バタバタなので、たまにはこんな休日も良いでしょう♪

さて、気分を戻して今日は、水上機母艦の「瑞穂」宛ての軍事郵便です。

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昭和14年8月10日に、記念切手の愛国2銭切手を2枚貼って、封書料金で差出されています。
中々すっきりしたカヴァーです。

水上機母艦「瑞穂」
千歳型水上機母艦の3番艦として建造され、ロンドン条約下における艦数の劣勢を補うため、数種の任務に従事できるような設計が盛り込まれて建造されていました。元々は水上機母艦として建造されましたが、少しの改造で特殊潜航艇母艦へ変更でき、また必要によっては補助空母への改造が容易なように設計されていました。
が、その改造が他の千歳型の施されたみたいに改造されるまもなく、太平洋戦争開戦直後の昭和17年5月2日、亡失。軍艦籍で大戦初の亡失艦になってしまいました。

この「瑞穂」、実は大和型に搭載予定のディーゼル機関の試験運用艦として使用された(実際には運用的に失敗して大和採用はボツになったのですが・・・。)方のが、磯的にはツボの艦でして・・・Ψ(`▽´)Ψ


明日から数日は、ちょいと思う所が有りまして・・海軍区別符について集中特集を組ませて頂きますね♪

第110野戦局

よぉぉぉく考えたら・・・陸軍の野戦局印押した航空便の葉書・・・今まで、一度もご紹介してませんでした・・・Ψ(`▽´)Ψ
すんごくポピュラーな奴なのに・・・。

っと、言う事で今日は「第110野戦」局差出の航空軍事葉書です。

20070909083431.jpg

中支派遣軍差出の昭和13年11月15日差出です。

ちょいこれから数日また、忙しくなるので、こんな感じのUPが続くと思いますがおゆるしください。m(_)m
因みに・・・この葉書も以前スキャンしてボツにした画像だなんて・・・Ψ(`▽´)Ψ ・・・スキャンが面倒なんですよねぇぇ・・・ブログって・・・・・ボソッ。

臨取の検閲

今日は、大戦中の国内の検閲例を持って来ました。

20070908082647.jpg

昭和19年7月1日、呉差出の検閲済封緘紙使用の封書です。
検閲印は「逓信省/第62」印、封緘紙は粗紙の無目打ちのタイプです。

・・・まぁぁ・・・基本中の基本の使用例ですねw
検閲印が表に載っているのが見栄えを良くしている例です。



少し涼しくなって来たら、臨取(臨時郵便物取締り令)の特殊でもしましょうか?
おかげさまで、そろそろこのブログを開始して一年になります。一周年を記念しての集中連載記事も現在企画中ですΨ(`▽´)Ψ ・・・あくまでも企画・・・・中・・・なのですが・・・Ψ(`▽´)Ψ

チョイ解りづらいのですが・・・

今日は、表題の如く消印の読み辛いカヴァーおば・・・。

「第41臨時」で切手を抹消した、昭和20年に入ってからの書留便です。
書留印は、はっきりと乗っていますので、何とか「第41臨時」局差し出しと判るカヴァーですね。

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差出は、昭和20年5月15日、海防艦「伊唐」差出です。

海防艦「伊唐」
鵜来級の海防艦で、
昭和17年、戦時建造補充(改⑤)計画甲型海防艦第5258号艦。
昭和18年、臨時軍事費により浦賀船渠に発注。
昭和20年1月8日、海防艦「伊唐」と命名。2月19日、艤装員事務所を設置。4月30日、松村聡一郎少佐の指揮下に竣工し呉防備戦隊に編入。5月5日、横須賀出港後函館、大湊を経て石川県七尾湾へ回航され第51戦隊に編入。7月23日、第105戦隊第1海防隊に編入。7月31日、七尾湾に入港作業中、小口瀬戸で操舵室付近に触雷、航行不能となり1名が死亡。8月、敗戦直後に浸水により着底。11月30日、除籍解体。
昭和21年春、東北漁港防波堤として沈没処分。

この書留は、第51戦隊編入直後に差し出された手紙と言う事になりますね♪
(貼り付け料金は、合計41銭で、1銭過貼となっていますが、この理由は、以前に臨時印特集でご紹介した通りだと思われます♪)


いやぁぁ・・・磯は、海防艦が相当好きなので・・・今日は記事を書いていてとても楽しく、至福の一時でした♪
但し・・・このカヴァーは、臨時印特集の時にスキャンしてボツにしていたのを復活させたなんて大人の事情は口がさけても・・・Ψ(`▽´)Ψ

第51航空戦隊

今日は、海軍の第51航空戦隊をご紹介しましょう。

これは、太平洋戦争後半に編制された練成部隊で、駆逐艦の練成部隊である第11水雷戦隊、潜水艦の慣熟訓練部隊である第11潜水戦隊、潜水艦初期練習部隊である呉潜水戦隊、艦載機の慣熟部隊である第50航空戦隊、陸上機も含めた航空機の慣熟部隊である第51航空戦隊の5個戦隊の中の一つでした。

いずれも平時ならば鎮守府のもとで練成に取り組むのですが、特に水雷・潜水・航空は消耗が激しく、訓練未了のまま実戦部隊に投入せざるを得ないほど逼迫していたため、実戦部隊隷下の特設部隊として編制されていました。。

「第51航空戦隊」

20070906224522.jpg

この葉書のアドレスは、北海道網走郡美幌航空基地気付ウ109(CiU2型)で、「第51航空戦隊 司令部」を指しています。
アドレス的には、所在地区別符の「ウ109(澤捉)」と間違えそうですが、この葉書は、アドレスの特徴から「第51航空戦隊 司令部」と解るのです。
消印は、昭和19年5月14日差出になっています。

この第51航空戦隊は、陸攻部隊の豊橋空・戦闘機部隊の厚木空の慣熟を目的として、北方部隊の第12航艦の隷下に昭和18年7月1日に編制されました。
陸上基地での運用を主眼とした部隊で、艦載機の発着訓練に特化した第50航戦とは一線を画しています。この第50航戦を併合した際に練習用空母も継承しましたが、早々に実戦部隊に剥ぎ取られています。
(「鳳翔」「千代田」)
昭和19年11月に練成の余裕がなくなり解散し、訓練は1段階初歩的な連練空の第10航艦に委ねざるを得なくなってしまいました。


割とレアな航空隊だと思うのですが・・・如何でしょう♪

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プロフィール

324-磯風

Author:324-磯風
1972年生まれ 男
軍事郵便保存会・関西事務局員
趣味と酒、食、女、宇宙戦艦ヤマト、インドア生活(休日)をこよなく愛す
趣味・秘密
本業・割と堅い職業
ニックネーム?・黒い服着た悪魔
トレードマーク・Ψ(`▽´)Ψ
PC系・電気系(家電も含む)が完全に駄目な私ですが、何時まで続ける事が出来るのやら・・よろしくお願いいたします。

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