2007-04

特設潜水母艦 平安丸

とりあえず、海軍艦艇のご紹介(磯の暴走モード)は、今日で終わりです(あんまししつこくやってると、身内からも苦情がきそうなので・・・Ψ(`▽´)Ψ まぁぁ自主規制ですな・・汗)。

で、本日取り出したるは、特設潜水母艦の「平安丸」差出の郵便物をご紹介しましょう♪


特設潜水母艦「平安丸」

日本郵船貨客船 11616t

昭和5年11月24日、11000t級貨客船の第3船として大阪鉄工所桜島工場で竣工しシアトル航路に就航。
(姉妹船「日枝丸」「氷川丸」)

昭和16年8月、日米関係の悪化により空荷で帰国(大戦前のシアトル航路の最終航海)。10月15日、海軍が徴用し特設潜水母艦籍に編入。

昭和19年2月18日、アメリカ空母搭載機によるトラック空襲にて炎上転覆し船員1名、便乗者16名死亡。

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この葉書は、「第21臨時」と言う消印で抹消され、日付は昭和17年7月29日です。アドレスは横須賀局気付となっています。

因みに、この「第21臨時」局は横須賀局の秘匿番号です。
(そろそろ、ここの読者の皆様もお分かり初めておられると思いますが・・・此処で「なんで?」なんて疑問持っちゃ嫌ですよΨ(`▽´)Ψ ←説明が長くなるから説明するのがめんどくさいなんて・・・決して・・決して、口が裂けても・・・Ψ(`▽´)Ψ )


なんだかんだと申しましても、ここ数日間は自分の好きなジャンルの記事ばかりだったので、書いてて(UPしてて)楽しい数日間でした♪
明日から、またいつもの様に、ランダムに各種軍事関係の郵便物をご紹介させて頂く予定です。
まっとりあえずランダムだから明日は、海軍モノをΨ(`▽´)Ψ ・・・ねっあくまでもランダムにΨ(`▽´)Ψ Ψ(`▽´)Ψ
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ガソリン運搬艦 洲崎

海軍艦艇シリーズ、今日は特務艦のガソリン運搬艦「洲崎」からの軍事郵便をご紹介しましょう♪


洲埼級ガソリン{軽質油}運搬艦(給油艦)「洲崎」4465t

同型艦に「高崎」(潜水母艦に命名されなかったので採用)が有。

昭和14年海軍軍備充実(④)計画給油艦第103号艦として三菱重工業横浜造船所に発注。

昭和17年9月25日、特務艦洲埼と銘銘。

昭和18年2月3日、横浜海軍監督官事務所内に艤装員事務所を設置。5月15日、竣工。

昭和19年9月21日、フィリピン、ルソン島マニラ湾内でアメリカ機の爆撃を受けて沈没。

昭和20年3月10日、除籍。

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この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付となっています。


昨日、特設の給油艦をご紹介しましたので、今日は特務艦の給油艦でした。・・・・せっかくならば、鹵獲ガソリン運搬艦「大瀬」(元オランダ船「ヘノタ」)をご紹介したかったのですが・・・・残念ながらまだ、所有していません(ぐすん)。。。此処の読者様でお持ちの方がおられましたら、どうぞ、当会にお譲り頂けませんでしょうか・・・宜しくお願いいたします。m(_)m

特設運送艦 給油艦 さんくれめんて丸

今日も海軍の特設艦艇からの軍事郵便です♪
(最低、今週中は海軍艦艇で押し通しますΨ(`▽´)Ψ )

今日、ご紹介するのは、特設運送艦種の中の給油艦「さんくれめんて丸」から差し出された軍事郵便です。


特設運送艦 給油艦 「さんくれめんて丸」

三菱汽船タンカー
昭和10年、三菱商事は、「さんぺどろ丸」と準同型の「さんらもん丸」を、さらに昭和12年、第2船「さんくれめんて丸」を三菱長崎造船所で建造。
第686番船、7354t

昭和12年2月4日、起工。9月4日、進水。11月20日、竣工。

昭和16年、海軍が徴用。呉鎮守府所管特設運送船(給油船)。

昭和17年3月29日、クリスマス島攻略作戦にあけぼの丸とともに参加。

昭和18年4月25日、ラバウル出港後パラオへ航行中、パラオ南方でアメリカ潜水艦(SS183)シールの発射した魚雷を左舷に被雷後もう一本被雷して大破後、船体放棄、その後全没。便乗者1名、船員1名、計2名死亡。7月15日、徴用解除。

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この軍事郵便のアドレスは、呉局気付となっています。


難しい名称を使用していますが、ようはタンカーですΨ(`▽´)Ψ
タンカー・・・されどタンカー・・・日本の戦争はいつもこれに悩まされ続けていました。そんな気持ちでこの軍事郵便を見ると、色々と考えさせられる軍事郵便ですよね。

特設電纜敷設艇 春島丸

今日も、海軍の軍事郵便ですΨ(`▽´)Ψ
しかも!また!特設艦艇ですΨ(`▽´)Ψ

今日は、特設電纜敷設艇の「春島丸」(700t)です。
こいつも、鹵獲艦のシリーズで、アメリカの拿捕船「ハリソン」(アメリカ陸軍徴用の敷設船)から改造されたものです。

昭和17年、鹵獲。10月19日、 特設電纜敷設艇「春島丸」と改名。

昭和18年7月15日、電纜敷設艇。

昭和19年2月15日、 駆潜特務艇。

昭和20年7月18日、横須賀港の空襲にて戦没。除籍。

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この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付となっています。


いやぁぁ・・・今日、この船(艦)に決めた後になって、よぉぉぉく考えたらこの船の資料がほとんど無い事に気づき・・・汗。
急遽ごまかし記事になっちゃいました・・・汗汗っ・・・こんな事ならば・・王星丸か、山鳩丸のご紹介にしとけば良かった・・・と、マリアナ海溝より深く反省中ですΨ(`▽´)Ψ

事務連絡

今月4月28日~30日まで、東京都立産業貿易センター台東館6・7階にて「スタンプショウ’07(第31回世界切手まつり)」{10:00~17:00(最終日は16:00まで)}が開催されます。

当会では、去年の「太平洋戦史① 奇襲!真珠湾攻撃」に引き続きの出品
「太平洋戦史②電撃!南方作戦」を3フレーム(48P)で現した作品を出品しております。

もし、このブログの読者様で、この期間に東京へ行かれる予定が有る方は、是非とも参観して、ご笑覧頂ければ幸いです

なお、今回の作品の製作は、いつも臨場感有るダイナミックな作品作りに定評のある、軍事郵便保存会・事務局長の作品となっております。

特設港務艦 筥崎丸

ホント言いますと・・・今日もズボラ記事でいきたかったのですが、頑張ってUPしますね♪・・・っつーても、磯の好きな特設海軍艦艇のシリーズなんですが・・・Ψ(`▽´)Ψ

今日、ご紹介するのは、港務艦の筥崎丸です。


特設港務艦「筥崎丸」

日本郵船船籍の客船 10413(6310)t

1920年12月16日、三菱重工業長崎造船所で第348番船として起工。1922年3月2日、進水。6月1日、竣工。

昭和11年1月30日、大島軍事使節団を乗せマルセイユ(フランス)出港後インド洋経由で帰国。

昭和15年、海軍が徴用し佐世保鎮守府所管特設港務船。

昭和16年1月10日、第2港務部設立準備委員会事務所を陸上より移転。5月12日、第2根拠地隊旗艦を南浦丸へ継承。

昭和17年3月10日、海軍が徴用し特設運送船(雑用船)。

昭和20年3月19日、六連から上海へ航行中、アメリカ潜水艦(SS285)バラオの発射した魚雷を受けて沈没。5月10日、除籍。

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この葉書は、東舞鶴局、昭和16年1月7日差出で、第2港務部設立準備委員会事務所を陸上より移転してくる3日前の葉書です。アドレスは東舞鶴局気付になっています。


ちょい、変わった艦種ですよね♪
日本海軍の特設艦艇の中にはこんな変わりだねも居ると言う事で、ご紹介してみましたΨ(`▽´)Ψ

閑話休題 2

今日も、時間が無いので昨日と同じ一族のカヴァーです。
完全にズボラさんです。

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これも哈爾濱から中立国のスイス宛ての郵便です。
昭和19年10月10日差出、中立国のイスタンブールを経由して、カイロを通って、20年3月16日にスイスのイメンシーに到着しています。このカヴァーにも満州国の郵便検閲封緘紙(検閲印は「第3検閲」)が付いており、しかもエジプトの検閲印封緘紙、検閲印もついています。郵便料金はこのカヴァーも昨日と同じ20分です。


連荘で同じタイプのカヴァーの紹介でした・・・ね・・・汗(まぁぁ今日、ご紹介したカヴァーの方が歴史的に意味の有るカヴァーなのですが・・・詳しくは、今日はズボラ記事なので省略しますねΨ(`▽´)Ψ )

閑話休題

今日は、少し時間が無いのでいつもの画像のみズボラUPです。
ご了承下さい。
まぁぁ・・・ここの所、私が暴走して海軍ネタばかりやってましたので、とりあえずメインとメインの間のお口直しシャーベット的な感じですかね・・・今日は♪

大戦中の満州国から中立国スイスに宛てたカヴァーです。

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哈爾濱 昭和19年4月25日差出、同じく中立国のトルコを経由してスイスに到着しています。左に有る青い紙は満州国の郵便検閲封緘紙(検閲印は「第3検閲」)です。料金は20分でした。


まぁぁ・・・良く見かけるカヴァーですが、今日の所はこれで勘弁して頂きたいですΨ(`▽´)Ψ
明日からは又、いつもと同じスタイルに・・・本当かなぁぁぁ・・・汗

特設掃海母艦 永興丸

ふふふふふ・・・もう完全に暴走モードΨ(`▽´)Ψ
自分の好きな海軍艦艇オンパレード中です。
もう、脳内帝国海軍が洋上狭しと進軍して来てますΨ(`▽´)Ψ

とっ言う事で、今日も海軍艦艇の特設掃海母艦からの軍事郵便をご紹介しましょう♪

特設掃海母艦「永興丸」

大阪商船貨物船

昭和16年10月1日、海軍が徴用し、呉鎮守府所管特設掃海母艦。

昭和19年6月17日、マレー半島西部のペナン出港後スマトラ島北西部のサバンへ航行中、アロール・スター西方約90or130kmのマラッカ海峡北口でイギリス潜水艦ストームの発射した魚雷を受けて沈没。船員2名死亡。

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この軍事郵便のアドレスは、佐世保局気付第41海軍軍用郵便所気付となっており、海軍徴用後、南方作戦に投入されて、比較的早い段階で差し出された葉書だと推定できます。

永興丸と言う船は、同名の船が大洋興業の貨物船で存在しますが、この葉書の永興丸は、気付と手紙の文面により特設掃海母艦の永興丸と判断しました。

特設飛行機運搬艦 富士川丸

世間(切手の業界)では、全日展と言う切手のイベント(東京・丸の内「てーぱく」にて、4月20日~22日まで開催)で盛り上がって?入るのに、当ブログでは、相変わらず磯個人の趣味(好み)による海軍艦艇祭りが続行中ですΨ(`▽´)Ψ

・・・・っつー事で、今日も海軍の艦艇から差し出された軍事郵便のご紹介です♪

今日は特設飛行機運搬艦「富士川丸」から差し出された海軍特別軍事航空葉書を使用した軍事郵便です。

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この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付となっています。

特設飛行機運搬艦「富士川丸」

東洋海運貨物船(6938t)

昭和13年、三菱重工で竣工。

昭和15年12月9日、海軍が徴用。12月16日、舞鶴鎮守府所管特設航空機運搬艦。

昭和16年7月5日、第12航空戦隊旗艦代理を特設水上機母艦神川丸に継承。

昭和18ねん8月15日、内南洋方面部隊航空隊(第22航空戦隊)第1基地航空部隊(第11航空艦隊)附属に編入。9月2日、内南洋方面部隊に編入。9月12日、クェゼリン西方約150nmでアメリカ潜水艦(SS178)パーミットの発射した魚雷を受けて損傷しルオットに自力で回航。9月14日、クェゼリン入港後トラックに回航。12月5日、アメリカ第50任務部隊搭載機によるマーシャル諸島空襲により損傷。

昭和19年1月1日、舞鶴鎮守府所管特設運送船(雑用船)。2月17日、トラック空襲時に空母バンカー・ヒル、軽空母モンテレー搭載機が発射した魚雷1本が右舷中央部に命中し水深42mの海底に着底。


記事とは全然関係が無いのですが、今日、少しショッキングな事実が判明・・・・実はその後、あれこれと色々思案中にて、結構心がうわの空状態なのです・・・。まぁぁ・・・なるようにしかならないのですが・・・問題解決まで一ヶ月半ほどかかりそうな案件ですので、その間、このブログもおろそかになるかも知れません。その折にはどうぞご了承ください。m(_)m←おっサボる為の上等句持ち出したぞ!コイツΨ(`▽´)Ψ

明日も特設艦艇を考えております・・・一応は・・・まっ私の事ですから急遽の予定変更はご勘弁くださいねΨ(`▽´)Ψ

正規航空母艦 大鳳

今日も、海軍モノです♪
スイッチ入ってしまいましたΨ(`▽´)Ψ
今日、ご紹介します軍事郵便は、正規航空母艦「大鳳」です。

空母「大鳳」

昭和14年、海軍軍備補充(④)計画による28500t型空母第130号艦として建造費を認められ、川崎重工業神戸艦船工場で16年7月10日、起工。

昭和18年4月7日、進水。

昭和19年2月、呉工廠に回航。3月7日、菊池艦長の指揮下に竣工し舞鶴鎮守府籍となり第3艦隊第1航空戦隊に編入。4月4日、シンガポール入港。4月6日、リンガ回航。4月15日、第3艦隊旗艦を継承。5月12日、リンガ出港。5月16日、タウイタウイ入港。6月13日、タウイタウイ出港。6月14日、ギマラス寄港。6月19日、マリアナ沖海戦に参加中、アメリカ潜水艦(SS218)アルバコアの発射した魚雷1本が命中、艦内に気化充満した航空用燃料に引火、大爆発で沈没し乗員は、駆逐艦秋月が救助。

昭和20年8月26日、除籍。

大戦中、日本が竣工させた唯一の正規空母(初めから空母として計画されていた艦船)で、艦載機51、乗員は1751名でした。

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この軍事郵便のアドレスは横須賀局気付となっています。

実は、この空母、完成後直ぐに戦線に投入されてしまった為、一度も本籍地の母港(舞鶴)に入港できずに亡失してしまっている悲運の空母なのです。

この空母の竣工後の寿命、3ヶ月チョイは、艦艇改装空母「信濃」(10日)に次いで2番目に早世です。

あ!
しまった!!この記事書いてて、思い出した事が・・・・。
4月と言えば!「帝都初空襲」・・・17日だった・・・。
完全に失念してました・・・帝都初空襲用に、その時期の特設監視艇から出た手紙や、改装空母「祥鳳」からの軍事郵便なんかで特集組もうと思ってたのに!!!(さっき、空母のスペック調べてて、ふっと、思い出しました・・・・汗)
まぁ・・・過ぎた事は仕方無いですね・・・このブログが来年も存続していましたら、来年に特集をくみましょうΨ(`▽´)Ψ

・・・・しかも、山本五十六戦死のネタも完全に忘れてた(18日)・・汗。

駆逐艦 沖波

今日は、駆逐艦シリーズです♪
夕雲型駆逐艦の「沖波」からの軍事郵便をご紹介しましょう。

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昭和16年、戦時急増(○急)計画甲型(一等)駆逐艦第342号艦。
昭和18年7月18日、舞鶴工廠で進水。12月10日、竣工。舞鶴鎮守府籍となり第11水雷戦隊に編入。

昭和19年2月10日、第2水雷戦隊第31駆逐隊に姉妹艦朝霜とともに編入。2月26日、朝霜等と安芸丸等からなる松輸送船団を護送して宇品出港。3月4日、潜水艦の発射した魚雷を受けて損傷した安芸丸を護送してグアムに入港。3月5日、サイパン着。3月20日、横須賀出港後トラック、サイパンに向かう船団を護送。5月15日、タウイタウイ入港後訓練に従事。6月10日、タウイタウイを渾作戦参加の目的で出港。6月19日、マリアナ沖海戦に参加。7月9日、第4戦隊直衛として呉を出港後リンガ泊地で訓練に従事。10月18日、リンガ泊地を出港しサマール島沖海戦に参加し大破した重巡洋艦鈴谷の生存者を救助後雷撃処分。11月13日、マニラ湾に停泊中、アメリカ機動部隊の空襲を受けて沈没。

昭和20年1月10日、除籍。


しかし・・・この夕雲型の駆逐艦は、当時、最新鋭、竣工後次から次ぎへと最前線に投入されて、艦の寿命が一年無い艦が多数・・この「沖波」もギリギリ11ヶ月ちょいの艦命・・・しかも、良く働いて(↑)ますよね。

哨戒艇105号

悪乗りですΨ(`▽´)Ψ
3連荘で鹵獲哨戒艇・・・Ψ(`▽´)Ψ
もう、完全に磯の趣味の世界です・・・ハイ

あっそうそう、多分これは釈迦に説法なのでしょうが、日本海軍の艦艇で番号艇の中で、一部例外(潜水艦や、二等輸送艦など)は有りますが百番代の番号が付いている艦艇は、大抵鹵獲艦です。

哨戒艇105号

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この軍事郵便は、海軍特別航空軍事葉書の厚手白紙(活版)を使用したもので、アドレスは、呉局気付となっています。

1931年、建造。フィリピン密輸監視船アラヤット。

昭和16年12月27日、キャビテ沖のマニラ湾で空襲を受けて沈没。

昭和17年、日本が浮揚。

昭和18年9月1日、哨戒艇第105号と改名され第3南遣艦隊に編入。9月15日、修理完了。

昭和19年11月27日、第45駆潜艇等とともに第6次多号輸送船団を護衛してマニラ出港。11月28日、オルモック湾到着後哨戒中、アメリカ魚雷艇PT127の発射した魚雷を受けて放棄。船体は10日後、海岸に擱座した状態でアメリカ軍に拿捕され、魚雷艇の基地として使用。

昭和20年1月10日、除籍。



今日は、悪乗りして、ついつい同じねたの「天丼」をやっちゃいました・・まぁぁ・・これも、今横に「哨戒艇」のファイルが在るなんて内輪ネタは、もう、このブログにお越しの常連さんはお気づきでしょうΨ(`▽´)Ψ
明日からももう少し海軍艦艇祭りを続行いたしますね♪
理由は・・・・だって・・好きなんだもんΨ(`▽´)Ψ

哨戒艇101号

昨日、こっち(101号)を探していて見つからず、泣く泣く諦めて103号をご紹介したら・・・ホンマに天邪鬼Ψ(`▽´)Ψ 103号の裏に入ってました・・・・(TT)。悔しいので今日は、昨日と引き続き2連荘の鹵獲艦シリーズ!しかも、同艦種(爆)です。
・・・まぁぁ・・・負け犬の遠吠え・・生暖かく見守ってやってくだせい。m(_)m

気を取り直して、「哨戒艇第101号」からの葉書です。

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哨戒艇101号
イギリス、ホーソン・レスリー/ヘバーン造船所で1922年4月1日、シムーン級(アドミラルティー、S型)駆逐艦スレシアンとして竣工。

昭和16年12月25日、擱座状態で日本が拿捕。

昭和17年7月10日、特務艇第101号哨戒艇と改名。11月25日、修理完了。

昭和18年2月15日、哨戒艇。8月15日、海軍水雷学校に編入。

昭和19年3月15日、雑役船特1号練習船と改名。

昭和20年8月15日、敗戦時、横須賀で残存。10月、香港でイギリスに返還。

昭和21年2月、解体。

この葉書は、特務哨戒艇から、哨戒艇に艦種変更されて、海軍の水雷学校に編入されるまでの葉書です。この艦は鹵獲艦としては珍しく、鹵獲後はずっと内地に居て、終戦まで生き残った船です。まぁぁ・・取った(鹵獲)したは良いが・・旧式で、しかも使い勝手が悪い船だったのでしょうΨ(`▽´)Ψ 変わった運命を辿った船と言うのは間違い無いでしょう。

哨戒艇103号

今日は、久々に鹵獲艦シリーズをしようかと思い、こんなのを持ってきました。
「第103号哨戒艇」から差し出された海軍特別航空軍事葉書を使用した軍事郵便です。

第103号哨戒艇
アメリカ、スタンダート/ニュー・ヨーク(ニュー・ヨーク)造船所で1918年9月10日、ラップウィング級(バード型)掃海艇フィンチとして竣工。

昭和17年4月10日、フィリピン、ルソン島マニラ湾内コレヒドール島付近で爆撃を受けて沈没、後日本に拿捕。

昭和18年4月1日、第103号級哨戒艇と改名。5月26日、第103工作部で整備完了。

昭和20年1月12日、仏領印度支那南部のファンリ沖で第35号海防艦等とともにアメリカ空母搭載機の攻撃を受けて沈没。3月10日、除籍。

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この軍事郵便のアドレスは、呉局気付第103号哨戒艇となっています。


どうでしょう?鹵獲艦シリーズも結構良いライナップになってきたでしょうΨ(`▽´)Ψ (自画自賛)まぁぁ・・・実は磯が好き(「ツボ」とも言う)だったという背景もありますが・・・ね♪

ポナペ

今日は、「ポナペ/海軍軍用郵便所」からの軍事郵便をご紹介しましょう。・・・・よぉぉぉく考えたら、久々の軍事郵便のご紹介ではないでしょうかΨ(`▽´)Ψ

今日、ご紹介するポナペからの軍事郵便は、第1次世界大戦の時の軍事郵便です。

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消印は、ポナペ/海軍軍用郵便所、大正6年4月29日です。
この手紙の文面に、5月にコロニュー港に入港予定の多聞丸にて内地に帰る事が記されており(多分もう帰るからきちんとアドレスを記入しなかったのでしょう)、差出人のポナペでの所属は不明です。


昨日書いた伏線どうり、今日ものんべいやってます簡単なUPですいません。m(_)m

進水式記念印

今日は、ネタの閑話休題・・・っと言う訳で、進水式の記念色変わり櫛型印が押された官白をご紹介しましょう♪

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消印は、紫で新舞鶴、7年6月16日で、特型駆逐艦のⅢ型「響」の進水記念印です。


いつもこってりしたのばかりUPしてるので、たまにはこんな、あっさりしたものも良いでしょう♪

プライベートでは、今月に入り、花見と称する飲み会がほぼ、連日続き・・・毎日がアルコール漬けのγGOPがすばらしい成績を打ち出している事だと自覚していますΨ(`▽´)Ψ
これだけ酒漬けになると・・・たまには家のご飯のお茶漬けが恋しくなってしまいますね。
少し落ち着くと今度は5月のゴールデンウイーク・・・なにやら予定いっぱいの新年度です・・・・汗。
↑この話は、多分、忙しくなった時の為の言い訳の為の伏線だなんてかんぐっちゃーやーですよ。だって・・事実・・そうなんだもんΨ(`▽´)Ψ

第201師団

今日も昨日に引き続き、師団シリーズの第201師団です。

第201師団
昭和20年4月1日に東京で編制された師団で、終戦時の上級部隊は第36軍で終戦時の展開地は国立でした。この師団の通称号は「武蔵」で、これ以降新設の師団への通称号は、旧国名や、山河名などが使用され、一瞬「あれ?海軍の軍艦かな??」という錯覚を覚える様な紛らわしい通称号が使われています。
(・・・現にとある業者さんは、この「武蔵」の通称号の葉書を軍艦武蔵として販売されていました・・・まぁぁ・・なんだかなぁぁ・・です。)

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この葉書のアドレスは、武蔵、第14244部隊で、歩兵第503連隊です。消印は、東村山、20年6月30日です。


・・・しかし・・・この前は旧(先代)の武蔵がWWⅡの軍艦武蔵として売られてたし・・・少し、ショックでしたね。←こっちの方がまだまし・・・か・な??
あっそうそう・・今日の記事と関係無いのですが、先日からヤフーのオークションを見てると、知ってか知らずか中支派遣軍の石井部隊を満州の石井部隊(731)として売っている業者さんが在りました・・・まぁぁ・・こんなのに引っかかる?人はいるのかな??と観ていると、結構入札者が有り、割と高い値段で落札されていました・・・怖いです。
蛇足でした。

第153師団

今日は、昨日の宣言どうり、師団シリーズの第153師団をご紹介しましょう。

第153師団
昭和20年2月28日、京都で編制、終戦時の上級部隊は第13方面軍で、展開地は、宇治山田でした。通称号は「護京」です。

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この葉書の部隊アドレスは、護京、第22654部隊で、歩兵第442連隊です。消印は、磯部、20年4月26日です。


第10海軍軍用郵便所

昨日の葉書の宛先繋がりって事で、今度は第2次大戦時代のトラックをご紹介しましょう。

今日、持って来たのは、トラックに置かれた、海軍の第10海軍軍用郵便所の為替金受領証です。

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この受領証に押されている印は、「第十海軍」という印で、第10海軍軍用郵便所を意味する印です。

まぁぁ・・・記事的にはこれ以上書くことが無いので、今日の記事はこれでおしまいです・・・汗(・・・トラック繋がりで持ってきただけのマテリアルだから、仕方無いとお許し下さいΨ(`▽´)Ψ )

明日は、久々に師団シリーズを画策中です♪

久留米捕虜収容所

今日も私にしたら珍しい、第1次大戦もののマテリアルを持って来ました。

久留米捕虜収容所からの葉書です。
が、そこは、ひねくれものの磯の事、本来なら「捕虜郵便」を持って来るのでしょうが・・・今日は、その収容所の職員差出の葉書を持ってきましたΨ(`▽´)Ψ

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これです。紫の三角の検閲印が目立つ葉書です。この葉書、宛先もちょいと面白く、南洋トラック島の防備艦隊司令部に差出されています。
差出局は、不鮮明ですが、多分久留米でしょう。


そろそろ、品物をUPするカテゴリーを整理しなければいけなくなって来ましたね・・・汗。
特に古い時代(戦争)関連のマテリアルをUPする為には・・・。

横須賀ボタ

今日もUPするジャンルに困る「ブツ」を持って来てしまいました。
そして・・・なんと!まぁぁ・・・私に似つわしく無い「ブツ」なんでしょうΨ(`▽´)Ψ

今日、ご紹介するのは、U小判と言う切手のシリーズ(2銭)が貼られた封筒なのですが、当時、切手の再使用を確実に阻止する為に、「ボタ」印と言う特殊な印を切手抹消専用に使用した例の郵便物です。

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これです。切手上に「ぼたっ」と押して有るのが「ボタ」印で、この印は、使用された局のイニシャルが形どられた印になっており、この手紙の場合、「横須賀」なので「ヨ」を形どったものが押されてます。

カンの良い方はもうお分かりですね・・・そう、軍港横須賀の印なのです・・・が、如何せん明治の初め、横須賀はまだ、他の大都市や商業港と違い、小さな町でした・・・まぁぁそんなに珍しい部類に入らない「ボタ」印ですが、それでも海軍使用を探すのにはちょいと骨が折れます♪

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横須賀鎮守府関係の手紙です。

まぁぁ・・・昨日からのバトンって事で持って来てしまいました。
この、古い時代の軍港の印・・・東京近辺の難易度で言うとまだ、良い方で・・・もうちょい昔になると、品川なんて曲者が出現するのです・・・が、また、その話はいずれ別の機会にΨ(`▽´)Ψ

横須賀/鎮守府構内

今日は、戦後の物資不足のお話おば・・・・。

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「横須賀/鎮守府構内」の分室印の戦後流用の印です。
本来ならば、終戦と共に無くなる系統の印影です。
この局の流用は、比較的有名で、使用例としては結構残っている一族です。しかも、この局の印影は綺麗なものが多いので、戦後の混乱期の郵便物を見ていても、なかなかこの局みたいなクオリティーの印影を見る事が出来ません。(まぁぁ・・・自局の印がダメになったのでこの印を使用したのでしょうが・・・w)



今日、ご紹介した葉書、15銭葉書の白紙の使用例なのですが、私の個人的な好みとしては、とても好きな葉書なんですよね♪
やっぱ・・・この葉書の白紙は綺麗です(実物)。

明日は・・・この私に似つかわしく無いエンタの登場予定ですΨ(`▽´)Ψ

大使館付駐在武官

昨日、やろうかなぁぁ・・・って書いてました特集、今日、UPしたかったマテリアルが見つからなかったので、「ボツ」にしましたΨ(`▽´)Ψ (・・・とっ、申しますか・・・今日は仕事が忙しすぎて探す暇が無くて・・・ブツブツ。)
因みに探していたマテリアルは秋月型防空駆逐艦の「花月」ですΨ(`▽´)Ψ ・・・この駆逐艦の名前を聞かれた大和フリークの方ならば、ははぁーんと思って頂けると思ったのですが・・・。

で、気を取り直して、その辺に落ちて・・いやいや、保管庫で久々に発掘・・いや、まぁぁ・・・なんだ、たまにはこんなものも良いかぁぁと思って、「大使館付駐在武官」宛ての郵便物を持ってきました。

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この郵便物は、まだ日露戦争の始める前、明治35年に東京の陸軍参謀本部(裏面の参謀本部の封緘が面白いです)から、イタリアのローマにあった日本大使館の大使館付陸軍駐在武官に宛てた、書留外信便です。


たまには、古い?時代のこんなカヴァーのご紹介も良いでしょ♪

CLOSE  YOUR  EYES

今日の題名は私の柄にも無く、長渕剛さんの歌われている曲の題名を持って来ました。
そう!「男達の大和」の主題歌です。

今日、私が何故この局を題名に持って来たかは、ここにお越し頂いてる皆様は、もうご存知ですよね。

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軍艦「大和」からの軍事郵便を4点ほど今日はUPしますね。
大和は流石、3000人からの人間が乗っていた巨艦・・・軍事郵便は沢山残存しているみたいです。
(このブログでも大和の軍事郵便をご紹介するのは上記のものを含めて、8点目(8人の方から差し出されている)ですし・・・Ψ(`▽´)Ψ )←まっこれについては・・・ねっ私がただの「大和バカ」ってのも在るのですが・・・・汗w


もしかすると、明日から「天一号作戦」特集をするかも知れません。

因みに・・・今日の主題「CLOSE  YOUR  EYES」は長渕剛氏のオフィシャルウエーブサイトから、試聴する事ができます^^。ご参考までにΨ(`▽´)Ψ
http://www.forlife.co.jp/nagabuchitsuyoshi/

砲艦兼敷設艦

今日は海軍の特設砲艦兼敷設艦の「長沙丸」からの軍事郵便をご紹介しましょうΨ(`▽´)Ψ

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この軍事郵便は、南方の第41海軍軍用郵便所気付になっています。この船は、昭和15年に大阪商船より徴用、昭和18年8月21日にマレー半島コタバル沖にてオランダ潜水艦(O24)の雷撃を受け沈没しています。




今日は、チョイバタバタしていましたので、簡単な記事ですいません。

似たものみーけΨ(`▽´)Ψ

今日は、昨日ご紹介した航空便に関連して確かお仲間的なカヴァーを所持してたな・・・っとカヴァーの収蔵庫をゴソゴソ・・・。
在りました・・在りました♪
昨日と同じ図案の「公園切手」を貼ったカヴァーを持って来ました。

今日は、中国(上海)宛ての航空便です。

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このカヴァー実は、昨日のカヴァーと差し出された日が同じで、昭和16年7月11日なのです。差出局は帝国ホテルで、違いますが、偶然にも同じ図案の公園切手を貼り、同じ日差出の、航空便で宛先違い・・・面白いと思われませんか?
そんなこんなで昨日と今日、2日でワンセット偶然にしたら良く出来た話なのでお気に入りの秘蔵子、2点のご紹介でした。
因みに、貼り付けて在る料金は、基本封書料金4銭(この頃の中国宛ての外信便は日本国内料金と同じ)+航空料金35銭、計39銭分の切手が貼り付けてあります。



実は、この2点、2点とも別々の私の先輩(N氏とI氏)が「そんなのが好きならば」っと、譲って(おねだりして分捕ったとも言うΨ(`▽´)Ψ)くださったもので、両先輩に本当に感謝しております。
因みに昨日のマテリアルはN氏が高校生の頃にお小遣いをはたいて、清水の舞台から飛び降りて購入された思い出のカヴァーとの事、そして今日、ご紹介のカヴァーはI氏が海外から購入されたカヴァーロットを一番に荒らさせて頂いて、おねだりした一品です。
2点とも、良い先輩から引き継いだものなので、これからも大切にしたいマテリアルです♪・・・蛇足でしたΨ(`▽´)Ψ

・・・当会の所蔵している軍事郵便も切手の世界の大先輩や収友などに分けて頂いたものが本当に多いです。やはり、人の縁と云うものは大切にしなきゃなりませんね♪

仏印宛て航空便

昨日は、柄にも無く真面目な記事を書いてしまったので、疲れましたΨ(`▽´)Ψ よって今日は、ズボラさんですΨ(`▽´)Ψ

今日は、仏領印度支那宛ての航空便をご紹介しましょう♪

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差出は、横浜、昭和16年7月11日、ハノイの印度支那銀行宛ての航空便で、7月14日にハノイに到着しています。
料金は、外国宛て封書基本料金20銭+仏印までの航空料金50銭で、計70銭となっています。
割とシンプルで可愛い(ヤヴァイ・・・擬人化してるよ・・)カヴァーでしょう♪

時期的に面白いカヴァーですよね♪

今日は、こんだけΨ(`▽´)Ψ
・・・因みにこのカヴァー、切手に興味の在る方が見られると別な意味で面白いのですが、その話は、又、別の機会にでもΨ(`▽´)Ψ

サクラサクラ

新年度に入りもう3日が過ぎました。

我が家の庭の桜の木も大体5分咲きを少し過ぎたぐらの淡ぁぁい薄ピンクに彩られています。

学生の頃は、桜を観ると「あぁぁ・・・又、新学期かぁぁ・・。」と思い、社会人になり、今の仕事の下済み時代は「おぉぉぉ!!又、下っ端が入って来る♪」なぞと不謹慎な笑みを浮かべておりました。

しかし、最近は事、軍事郵便の収集、保存を開始してからと云うものこの桜を春先に観ると、何故か抽象的な気分に浸る事が多いのです。

当会の様に軍事郵便の収集、保存を目的として活動しておりますと、「桜」に対する、美談や英談を良く耳にします。(戦争ものの映画の主題歌などにも、歌詞に非常に多様されていますよね。)
それは、ある種、私などにしてみれば、ただの美談などでは無く、自分の根底に訴えかける何かが有る様に思われて仕方無いのです。

柄にも無い事を冒頭からクチクチと書いてしまいました。このまま書き続けているとそれこそ長文に成りそうなので、本題に入りましょう。

主題にしました「サクラサクラ」は昭和19年11月24日午後4時、ペリリュー地区隊長中川大佐は軍旗と機密書類を焼却し、その旨を伝える符号をパラオ本島に向け打電した時に使用されたものです。

よって、今日は、太平洋の激戦地ペリリュー島関連の軍事郵便をご紹介しましょう。

この島に関する情報は、当ブログより良く紹介されたHPや書籍が沢山有りますので、戦火の状況や、戦闘の推移などはそちらを参照頂ければ幸いです。

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この軍事郵便のアドレスは、向かって右が横須賀局気付※ウ40、照第7746部隊でペリリュー島(ウ40)、第14師団第2歩兵連隊(水戸)第21衛生隊からのものです。(第2歩兵連隊はペリリュー島守備の主力)
そして左の米軍接収印が付いた軍事郵便は、アドレスが※ウ30(パラオ)となっていますこの照第7757部隊奥住隊は、同じく第14師団に属していますが、主隊をパラオ島に置き、その一部のみがぺリリュー島に派遣されて、同島で玉砕した高崎、歩兵第15連隊第3大隊の差出前に米軍に接収されたものです。(米軍の接収印の番号は「74」となっております。)

※ウ40、ウ30
パラオに展開した陸軍(第14師団)は第31軍隷下で米軍によりサイパン・グアム陥落後、第31軍の指令機能が喪失したのち南方軍の指揮下に入りました。が、郵便のルートは海軍のルートを使用した為、アドレス表記は、海軍の所在地区別符(ウ40など)を使用し、その下に陸軍の部隊番号を記入する「ハイブリット」型が使用されました。
(因みに上記の2点は、2点とも「YUAd型」で表現されます。)

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こちらは、海軍部隊からの未差出の軍事郵便で、この軍事郵便も米軍に接収されています。(接収印の番号「74」)この軍事郵便の裏面は真っ白で、手紙記載前に持ち主の手を離れて米軍の手に落ちたものです。
部隊アドレスは、横須賀の海兵団気付のままになっており、海兵団から卒団後すぐにこの島に配置された方だったのでしょう。残念ながら正確なこの方の部隊は不明です。(この方の横須賀海兵団時代に宛てられた昭和18年の手紙も当会では所有しておりますが、この手紙を持ってペリリュー島へ行かれた様で、折り目{押収品には非常に多いパターン}の入った葉書の裏に同じく「74」の接収印は押されています。)
ペリリュー島には、各種海軍部隊が約4000名ほど派遣されていました。

この島で、日本軍の将兵約1万名の方が亡くなり、米軍の将兵も死傷者あわせて1万人を超える犠牲者を出しました。

この島の戦いで、米軍からは日本軍の闘い振りと精強さから、ぺリリュー島を「天皇の島」と呼ばれているらしいです。


今日は、いつもの様なおふざけ無しでやってしまいました。
やはり、この押収品のタイプの記事を書くといつも気が重くなってしまいます。太平洋の島、そして、20年の春を迎えずに発せられた19年末の電文・・・「サクラサクラ」・・・今の自分が在るのはどういう事かと考えさせられる一文です。


今夜は、家の窓から観える桜を愛でながらお酒を頂いてみようかと、画策しております。

※今日のテーマを師団シリーズにしようか迷いましたが、押収品のカテゴリーとしました。ご了承ください。

第222師団

今日は、師団シリーズで、第222師団からの葉書をご紹介しましょう。

第222師団
昭和20年の5月23日、弘前で編制、補充担当は岩手県で最終上級部隊は第11方面軍でした。部隊通称号は「八甲」を使用しました。

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この葉書のアドレスは、八甲、第27375部隊で、歩兵第308連隊からの差出になっており、差し出されたのは終戦の4日前の8月11日でした。



今日はチョイ風邪気味なので軽めのUPでお許し下さい。

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プロフィール

324-磯風

Author:324-磯風
1972年生まれ 男
軍事郵便保存会・関西事務局員
趣味と酒、食、女、宇宙戦艦ヤマト、インドア生活(休日)をこよなく愛す
趣味・秘密
本業・割と堅い職業
ニックネーム?・黒い服着た悪魔
トレードマーク・Ψ(`▽´)Ψ
PC系・電気系(家電も含む)が完全に駄目な私ですが、何時まで続ける事が出来るのやら・・よろしくお願いいたします。

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