2007-02

第144師団

久々の師団シリーズです。
今日は、本土決戦師団の第144師団をご紹介しましょう。

編成は昭和20年2月28日で、編成地は大坂で、兵員の補充担当も大坂でした。終戦時の上級部隊は第15方面軍で、終戦時に展開していた地域は和歌山の潮岬でした。
部隊通称号は「護坂」を使用しました。

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和歌山、昭和20年6月23日差出の葉書で、差出部隊は、護坂、第22307部隊で、第144師団、師団速射砲隊です。

まぁぁぁ・・・・この部隊の編成日が2月28日ちゅう事で今日はこんなのを選んでみましたΨ(`▽´)Ψ
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村長からの手紙

今日は、戦地に出征した軍属宛にその軍属が出身した村の村長が差し出した激励文が書かれた軍事郵便をご紹介しましょう。

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今日は、説明文抜きでこの軍事郵便の内容をご覧ください。
時代を痛感させられる一品ではないでしょうか?

呉海軍病院気付

今日は、割りと珍しいものを引っ張ってきました♪

「CiS2型」

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これです。
呉、昭和19年4月7日差出の内地の郵便物なのですが、この差出人のアドレスがなんともグーなんですね♪
「呉海軍病院気付セ134」多分、私の知る限り、病院気付(正規に通達で指定されている)の海軍区別符の組み合わせはこのパターンのみでしょうΨ(`▽´)Ψ
因みに、このアドレスの部隊は、「第13防疫班」で、昭和19年3月13日~5月9日までの約2ヶ月間使用されたものです。

最近、風邪をひいて調子が絶不調なので、簡単な記事ばかりになっています。お許しくださいm(_)m。
・・・・・なんとかは風邪ひかん・・って言うのになぁぁ・・・。

ちょいと泰ランド

今日は、時間の関係で簡単記事のシリーズですΨ(`▽´)Ψ
(シリーズ化して良いのかぁぁ??)

これは、戦時中に泰国宛てられた民間外国郵便です。

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奈良 昭和17年8月2日の差出で、バンコクには8月26日に到着しています・・・が、宛先人不明により東京中央局経由で差出人戻し(付箋は奈良の郵便局のもの)になっています。
(付箋の下は本当にバンコク宛のアドレスが書いて有るの??なんて野暮な質問は無しよ♪付箋まげてスキャンするのが面倒だったんですから・・・おほほほほΨ(`▽´)Ψ )

ところで、この兄弟カヴァー、殆どが、差出人を鋏で切って破壊されたものが多いのですが、このカヴァーは不思議と完全な形で残っていました。(こんな事書くからまたさっきの疑惑が・・・ねっΨ(`▽´)Ψ )

今日は、本当に私らしい灰色の記事になりました♪←自画自賛Ψ(`▽´)Ψ

香港陸軍病院

今日は、香港陸軍病院から差し出された三角片付き陸軍特別軍事航空葉書で出された軍事郵便をご紹介しましょう。

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台葉書が少し面白いと言うだけです。

今日はこれだけΨ(`▽´)Ψ

へー

今日は、素直にほぉぉぉぉ・・・へぇぇぇぇ・・・って、感想を持った軍事郵便のシリーズです♪

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昭和15年に北支那派遣軍の第1野戦局気付で差し出された、軍属の調理指導員の差し出した軍事郵便です。

まぁぁ・・・軍隊はいろんな職業の寄り合い所帯と言うのが良く解る軍事郵便じゃないでしょうか?



戦地発航空便葉書-再編集版

この記事は、昨日忙しくていい加減なUPに終わった記事の再編集版です。

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第6海軍軍用郵便所、昭和16年9月19日差出の内地宛の航空軍事郵便です。
差出部隊は、第6海軍軍用郵便所気付の漢口方面特別根拠地隊です。

料金は航空料15銭のみ徴収の使用例で、一見しただけでは、葉書料金2銭も支払われている様にも見えますが、葉書の料額印面と加貼されてる13銭分の切手をあわせても15銭しか支払われて無く、葉書料金のみが無料の軍事郵便の航空便の使用例で有る事がわかります。
(軍事郵便の朱印と検閲者の印もきちんと有りますし、戦地の部隊発信なので無料軍事郵便のルールを満たしています。)
こんな場合・・・良く2銭の料額印面を無視(捨てる)した例が多いのですが、きちんと額面計算している例は大変面白いと思われます。

昨日はいい加減なUPだったので、流石の私も後ろめたく・・・最低限の改修だけはしておきました。Ψ(`▽´)Ψ
許してくださいね。m(_)m

軽巡洋艦 天龍

今日は、久々に海軍(軍艦)モノの軍事郵便を持って来ましょうΨ(`▽´)Ψ

うんしょっと持ち出したのは軽巡洋艦「天龍」から差し出された海軍特別航空軍事葉書です。

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この海軍特別航空軍事葉書を使用した軍艦「天龍」の軍事郵便は、この葉書の比較的初期使用と考えられる「8月中頃」と記入が有ります。

軽巡洋艦「天竜」は、昭和17年12月18日、ニューギニアのマダン上陸支援作戦中、米潜水艦「アルバコア」の雷撃で沈没しました。
この葉書は8月9日、第1次ソロモン海戦に「三川」艦隊として参加し、ラバウルに帰還した直後に差し出されたものだと思われます。

天龍って昭和17年中に沈んでいるから、よく考えて見ると太平洋戦争中の軍事郵便って結構貴重なんじゃないかな??って思ったりする磯でした。

↑今日は、天龍の説明をいつもより軽めに作ってみました・・・どうでしょう??

船モノは記事書いてて楽しいです♪やっぱり、磯はなんだかんだ言っても軍艦が好きなんですねΨ(`▽´)Ψ

日泰航空

今日は、割りと面白い?使用例の一族です。

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大戦中の日本から同盟国泰のバンコクに在るデンマーク総領事館に、当時運行されていた「日泰航空」を利用して送られた4倍重量航空書留郵便物です。

東京の欧文印で抹消され、日付けは昭和19年3月6日差出です。
料金は、基本料金20銭+加超料金12銭×3(36銭)+航空料金80銭×4(2円40銭)+書留料金16銭の合計3円92銭です。

当時は、一般の郵便物の航空便は非常に難しく公用扱いの航空便がその逓送品の中では主流でした(このカヴァーも領事館間の公用航空便です)。

たまにはこんなカヴァーも華が有って良いかなぁぁっと思って持って来てみました♪

PS今日のカヴァーは結構状態が悪いので封筒の間にあて紙(厚紙)を入れてあります。

公用便-葉書使用

今日は、戦地差出の公用航空軍事郵便の葉書の使用例をご紹介しましょう♪

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この軍事郵便は、第44野戦郵便局で昭和14年3月25日引き受けの部隊間軍事郵便で、同じ中支那派遣軍から中支那派遣軍に航空扱いで差し出されたものです。

戦地差出の公用軍事郵便では、葉書は非常に少なくその宛先も面白く、しかも航空扱い・・・・う~ん・・・こんなひねくれた使用例は大好きですΨ(`▽´)Ψ

・・・今日は、差出部隊も宛先部隊もきちんと調べてません、時間が出来たらきちんと調べておきますね♪(ずるサボリとも言うw)

内地からの航空葉書

今日は、スカッとした中にもひねくれた精神が見え隠れするものを持ってきましたΨ(`▽´)Ψ

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これは、神戸石井 昭和14年5月5日に内地引き受け中支那派遣軍に宛てられた航空軍事郵便の葉書です。

いやぁぁぁ・・・局にまだ田沢の3銭が山の様に残って居たのでしょうね♪このタイプの張り合わせは比較的良く見かける事が出来るパターンです。・・・んっん・・・まぁぁ葉書料2銭+航空料金15銭・・・足して17銭、貼ってありゃー良いのですが・・・ひねくれてますねこの貼り合わせΨ(`▽´)Ψ

磯的にはルックスが美しいから好みのカヴァーなのですが・・・♪

公用航空書留

昨日、航空書留軍事郵便の現地宛て有料便を、ご紹介しましたので、今日は、上海事変に従軍した日赤の救護班の救護書記(軍属扱い)から、東京の日本赤十字社に送った公用書留航空の軍事郵便をご紹介しましょう♪

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この軍事郵便は、昭和13年7月27日に第40野戦郵便局から差し出されたものです。
当時、戦地から書留をだせるのは公用便に限られていましたので、理屈の上では戦地からの軍事郵便で、有料の書留便は存在しません。
(但し、一部の例外を除きます。)

航空書留

昨日まで、硫黄島特集お付き合い頂き有難うございました。
こんな風な特集を出来ればこれからもやっていきたいと思っております・・・が、なんせ・・・磯の事ですし・・・ゴニョゴニョΨ(`▽´)Ψ

今日は、とりあえず軽めのものを持って来ました♪
切手貼りの戦地宛航空書留軍事郵便です。

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今日は、詳しいかったるい説明は抜きです(決して手抜きでは・・・手抜きでは・・・)。
豊中 昭和16年4月16日に内地引き受け、支那派遣軍司令部気付、中支那陸軍病院に宛てたものです。
料金は、基本封書料金4銭+書留料10銭+航空料金30銭の計44銭分の切手が貼り付けてあります。
まぁぁ・・・綺麗なカヴァーでしょう♪スカッとしてて磯好みのカヴァーなんで持って来てみましたΨ(`▽´)Ψ

硫黄島特集-10

特集第10夜
簡易版4
・・・・そろそろ皆さん退屈されて来た頃ですよね・・・って事で、今日でキリが良いので硫黄島特集は最終回です。
明日からはまた、いつもの通常バージョンに戻ります。

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今日の軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付ウ27胆第12720部隊で、硫黄島、独立迫撃砲第20大隊です。

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この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付ウ27備第2725部隊で、硫黄島の特別第20機関砲隊です。

今日まで、10回に分けた特集にお付き合い頂き有難うございました。

ここで、告知です。
この硫黄島関連の我が軍事郵便保存会の記事が関西の郵便趣味の趣味誌「フィラ関西」の3月号に掲載されるとの事です。もし宜しければ手にとって観て頂ければさいわいです。
また、詳しい情報が入りましたらここでご連絡させて頂きます。

硫黄島特集-9

特集第9夜

簡易版3

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この軍事郵便のアドレスは横須賀局気付ウ27胆第18322部隊(YUAd型)で、硫黄島、独立混成第2旅団砲隊です。

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この郵便は、硫黄島宛てにに昭和19年5月22日、宮崎県から差し出されたもので、宛先のアドレスは、横須賀局気付ウ27第2720部隊となってます。この部隊は、硫黄島に展開した独立歩兵第311大隊です。

硫黄島特集-8

特集第8夜

簡易版2

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この軍事郵便の部隊のアドレスは横須賀局気付ウ27胆第6025部隊で、独立速射砲第10大隊です。この部隊は、以前、郵便学者・内藤陽介氏のブログで紹介されていた部隊と同じ部隊です。
(でも、向こうは硫黄島あての郵便で、しかも米軍の摂取印付き・・・いいなぁぁ・・・欲しいなぁぁ・・・。ください!内藤先生!!)

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この軍事郵便の部隊のアドレスは横須賀局気付ウ27第2102部隊で、臨時工兵第21中隊第41要撃歩兵隊です。

硫黄島特集-7

特集第7夜

簡易版

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今日の硫黄島からの軍事郵便は、横須賀局気付ウ27ウ93(YU12型)で、第7根拠地隊から17年の7月に改編された、父島方面特別根拠地隊です。

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この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付ウ27セ168(YUS型)で、硫黄島に展開した第132防空隊で、昭和19年7月7日よりこのアドレスが使用されています。
(葉書の保存状態が非常に悪い為、保護の透明台紙事スキャンしていますので、少し見づらいかもしれません。ご了承ください。)

簡易版は、説明を省略して一日2点づつご紹介していきましょうΨ(`▽´)Ψ

硫黄島特集-6

特集記事第6夜です。
・・・・燃え尽きました・・・。
数日真面目に記事を書いたら私自身がメルトダウン起こしそうになってしまいました・・・って、事で、此処から数日ズボラモード突入ですΨ(`▽´)Ψ (←いつもの通常バージョンとも言う)

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今日の軍事郵便は、アドレスが横須賀局気付ウ27胆18321部隊(YUAd型)で6月末に編成された独立歩兵第314大隊で、西竹一中佐の戦車第26連隊と東部の東山を守っていましたが、主力に合流するため北部に転進する途中で米軍に突破を阻まれ、西中佐を始め大半が玉砕した部隊です。

今日はこれだけΨ(`▽´)Ψ 。

硫黄島特集-5

特集第5夜です。

南部の摺鉢山では死闘が繰り広げられ、上陸部隊は多くの死傷者を数えるに至りました。日本軍守備隊は後退しながらゲリラ戦術を展開するなどし、上陸部隊の前進を阻みましたが、それでもじりじりと北部に追いつめられていきました。米軍が上陸してから1ヶ月後の3月16日夜、ついに栗林中将は大本営に対して決別電を発し、25日夜、栗林中将
は海軍部隊司令官の市丸利之助少将らと共に最後の総攻撃に打って出ました。栗林中将は重傷を負い、部下と共に拳銃で壮烈な戦死を遂げたと言われています。こうして硫黄島の組織的抵抗は終わりを告げました。

防備の主力となった陸軍歩兵部隊からの軍事郵便をご紹介します。

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部隊アドレスは横須賀局気付ウ27胆第11963部隊(YUAd型)で、唯一の歩兵連隊であった第145連隊です。
池田連隊長の隊と判明しており、北西部の漂流木地区を守備していた本隊と思われます。なお、池田連隊長は栗林中将と共に最後の突撃を行いました。

硫黄島特集-4

特集、第4夜です。

栗林中将の戦術は、それまで日本軍が用いてきた島嶼防衛の戦術を根本的に革新し、水際での抵抗を行わず、持久戦に徹するというものでした。米軍にとって硫黄島は本土爆撃の中継基地として必要であり、上陸部隊を指揮するホーランド・スミス中将は、攻略まで5日間と予測していました。昭和20年2月19日、猛烈な艦砲射撃と爆撃の後、米軍は易々と上陸を開始しましたが、内陸では集中攻撃が待っていました。21日には神風特別攻撃隊が米艦隊に突入し、護衛空母ビスマークシーを撃沈、空母サラトガを大破させました。

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差出アドレスは、木更津航空機基地気付ウ27ウ451(CiU12型)で硫黄島に展開していた南方諸島航空隊からの軍事郵便。航空隊と言っても硫黄島にもはや残余戦力などなく、実質的に地上部隊でした。この時期に内地へ手紙を届けるには、木更津航空基地からの航空機に頼らざるを得ず、おそらくこれが最後の便となったであろう内容(お正月のお餅の事など)の手紙が入っている軍事郵便です。                 

硫黄島特集-3

今日も集中特集第三夜です。

昭和19年5月には新たに小笠原地区集団として、第31軍の隷下に第109師団が編成され、師団長に栗林忠道中将が就任しました。翌6月、栗林中将は硫黄島こそが最重要拠点と判断し、司令部を父島から硫黄島へ進出させました。硫黄島に降り立った栗林中将は、圧倒的な戦力を持つ米軍に対し、島を守り切ることは不可能と判断し、上陸部隊にできるだけ大きな損害を負わせ、本土への進攻を1日でも遅らせる作戦を立てました。そのため、島全体を地下要塞化し、艦砲射撃にも爆撃にも耐えうる広範囲な地下坑道の建設が始められたのでした。
(まぁぁ・・・この辺は、あの、例の映画を参照して下さいw)

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出雲 昭和19年8月25日差出のウ27胆第7179部隊(第109師団隷下の独立速射砲第11大隊)宛ての郵便です。(YUAd型)
6月に島根の浜田で編成され、7月に硫黄島に到着した直後の差し出しです。差出人は噂を耳にしたらしく、「硫黄島にいらっしゃるとの事」と書き送っています(裏面の文章は省略しますねΨ(`▽´)Ψ )。サイパン失陥の直後で、文面には硫黄島が空襲されたことが述べられていて、米軍の上陸までは坑道建設が主な仕事だったが、この部隊は米軍上陸後、島中央部の元山飛行場付近に布陣し、飛行場に殺到する敵戦車群を速射砲で苦しめて大いに奮戦しました。

この郵便物も、出所(アメリカのオークション)から考えて米軍の押収印は無いですが、米軍の押収品と考えられます。

硫黄島特集-2

今日から硫黄島特集の本番です。

硫黄島は東京の南約650浬、サイパンの北約600浬に位置し、小笠原諸島に属する火山島です。昭和19年2月、米軍はマーシャル諸島を占領し、トラック島へ大空襲を行いました。大本営はカロリン諸島からマリアナ諸島、小笠原諸島を結ぶ線を絶対国防圏として死守することを決定、小畑英良中将司令官の第31軍が編成され、連合艦隊司令長官の指揮下に組み入れられました。

今日、ご紹介するのは、横須賀海軍施設部から同施設部の硫黄島施設工事事務所宛て公用便(第1種2倍重量便14銭)です。

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消印は、横須賀 昭和19年4月10日です。使用された切手には海軍穿孔が施してあります。
施設部は海軍基地を建築する部署で、重要な戦略拠点である硫黄島には開戦時より陸海軍の守備隊が配備されていたが、戦局の悪化に伴い、海軍は3月に硫黄島警備隊(昨日、ご紹介した軍事郵便の部隊)を編成して防備に当たらせました。
エンタイヤ(今日の手紙)上に硫黄島の固有名が表記されている例は非常に希でこれは、内地(東京都に属してます硫黄島は)の官が扱いで差し出された郵便物だからです。

こんな調子でどうでしょう??

お詫びと訂正

やっちゃいました。
今日の記事の画像(↓)に昨日と同じ画像をそのままUPしちゃいました。(内容は変更済です。)

まぁぁ私の場合こんなのが結構多いので此処の皆さんは慣れっこでしょうがΨ(`▽´)Ψ

すいませんでした。

硫黄島特集

今日から数日間は、告示通り、「硫黄島」特集を行います。

クリント・イーストウッド監督の映画で有名になった「硫黄島」は当初米軍の予定では5日で陥落させる予定だったそうです。
しかし、実際は約1ヶ月も守りとおして後世にその名を残しています。
戦後、日本に返還後は小笠原諸島の一島として、現在は東京都に属していますが、一般住民は戦前の疎開後居住する事は無く、自衛隊の基地のみが存在しています。
太平洋戦争で、米軍が出した損害が唯一日本軍を上まった戦場で、日米双方に深い因縁を感じさせる島です。

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今日、持って来た軍事郵便はもろに海軍の硫黄島警備隊からの軍事郵便です。
アドレスは、横須賀局気付ウ27ウ402(YU12型)で、このアドレスの使用開始は19年の3月28日からで、同、5月21日までがこの記載方法が取られ、この後は木更津などの海軍航空隊が気付(CiU型)となります。

今日は前哨戦的な記事のUPでしたが、明日から本格的に開始いたします。

サーバーエラー

が、出て更新できませんでした。

今日から「硫黄島」特集なので、ご期待下さい。

国破れて・・・

山河すら残らず・・・・byガミラス総統デスラー

っと言う事で、お帰りになりました・・・・汗
いやぁぁ・・・もう、暴れまくって昨日は一睡も出来ませんでした。
台風一過、今日は引き締めて、オサボリしますΨ(`▽´)Ψ
(結局それかいΨ(`▽´)Ψ )

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今日は、マライ(馬来)派遣の「鯉」(広島の第5師団)をUPして置きます。
たいした意味は無く、「鬼」事務局長が広島出身で、鯉の球団ファンだからUPしてみました・・・・汗。



告知

明日から、「鬼」事務局長ののご命令(鶴の一声)にて、「硫黄島」特集を開催したいと思います。とりあえず一週間の集中連載なんて企画中ですが・・・予定は未定ですΨ(`▽´)Ψ
(突然の予告無しに予定を変更するかも知れません。)

今日は、ゆっくり寝ますΨ(`▽´)Ψ

鬼が来た

現在、暴れてます・・・・汗

今日は何も出来そうに無いのでとりあえず、なんかをUPしておきます。

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昭和19年のシンガポール(昭南)宛ての郵便です。
磯のお気に入りです。

今日は、なんか、マルサか、監察に入られた気分ですΨ(`▽´)Ψ

今から・・・

迎えに・・・否!

迎撃に!!

手の空いているものは、総員、帽振れ用意!!

では・・・行って参ります。






あぁぁ・・・「マリアナ」になるの判ってて空母を出撃する気分だ・・・。
今日、このブログが更新出来なければ、全て「鬼」事務局長の責任と御察し下さいΨ(`▽´)Ψ

衆議院皇軍慰問団

今日は、「衆議院皇軍慰問団」差出の軍事郵便をご紹介しましょう。
私がこれを見た時は、素直に「へー」と思った使用例です♪

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差出は、上海にあった、海軍の第一海軍軍用郵便所で、日付は昭和12年9月16日となってます。差出人の平野光雄は立憲民政党の衆議院議員でこの後の党の役員人事で13年と15年に総務に選出されている人物です。この軍事郵便は印刷の葉書なので、おそらく大量に差し出されたものだとおもいます。今日の軍事郵便は文面に注目して頂ければ幸いです。
ちょっと面白い軍事郵便の使用例だと思い持って来てみました。



別件
今日(2月3日)・・・・関東から我が保存会の「鬼」事務局長が来坂する報告が昨日突然ありました、まさに寝耳に水、ポーランド侵攻さながらの電撃作戦です・・・・また、我が家の軍事郵便所蔵庫で一晩中暴れるんだろうなぁぁ・・・ボクには脅えて寝れない夜になるのだろうなぁぁ・・・(TT)
今日は偶然にも節分・・・。
鬼はぁぁ外!鬼はぁぁ外!!鬼はぁぁ外!!!
(血涙)

兄弟カヴァー

今日も、少し時間が無いのでマテリアルのUPのみです。

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昭和17年(42年)に、タイ、バンコク発の日本宛の航空便です。
これは、日泰航空便で運ばれた郵便物です。
逓信省の封緘紙があります。
このカヴァーは、先日ご紹介したタイから日本宛のカヴァーの兄弟カヴァーです。

今日もズボラさんでしたΨ(`▽´)Ψ

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プロフィール

324-磯風

Author:324-磯風
1972年生まれ 男
軍事郵便保存会・関西事務局員
趣味と酒、食、女、宇宙戦艦ヤマト、インドア生活(休日)をこよなく愛す
趣味・秘密
本業・割と堅い職業
ニックネーム?・黒い服着た悪魔
トレードマーク・Ψ(`▽´)Ψ
PC系・電気系(家電も含む)が完全に駄目な私ですが、何時まで続ける事が出来るのやら・・よろしくお願いいたします。

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