2007-01

ウ184

今日は、公約どうり、海軍の区別符に戻ります♪
おぉぉぉ・・・最近、ちゃんと公約守ってるで・・・自分!

今日、ご紹介するのは部隊区別符のみのパターンです。

「CiU2」型

20070122222418.jpg

この葉書は、戦病者葉書を使用して、姫路の陸軍病院から、千葉の洲崎海軍航空隊気付のウ184部隊に宛てたものです。
「ウ184」は第242航空隊で、この気付との組み合わせは、昭和19年7月11日から同年8月5日まで使用されたアドレスです。
(葉書の差出日、8月29日と合わないのは、前のアドレスで手紙を差し出したものと考えられ、この葉書は転送されていると思われます。)

因みに、このアドレスを使用した航空隊は、上記の第242航空隊以外に、戦闘302、315、316、317の各飛行隊です。

実は・・・戦病者葉書の使用例として、この海軍の航空隊宛てが結構気に入って居る磯でした♪
スポンサーサイト

第三台湾郵便局

昨日に続き、箸休め(磯のサボリとも言う)です。

20061231234641.jpg

第三台湾郵便局からの公用軍事郵便です。
明治29年4月17日に台湾の陸軍病院の軍医さん差出です。

この公用軍事郵便、ちょいと面白いネタが在るのですが・・・もう一回、とある記事で使用したいので、今回は伏せて置きましょう♪(なんて正直な磯なんでしょうΨ(`▽´)Ψ )

明日からは、また通称号シリーズに戻ります。

陸軍教導団

今日は、ちょいと古い時代の奴を箸休めに持って来ました♪
最近・・・・濃い話題ばかりやったから・・・・汗

20070101095207.jpg

明治9年の霞ヶ関の教導団です。
使っている葉書は、小型丸菊葉書の半銭(市内用)です。

今日は軽めのおさぼりでしたΨ(`▽´)Ψ
(今日の葉書は、元旦スペシャルの17時にUPした画像です。)

イ30

続いて今日も区別符シリーズですΨ(`▽´)Ψ

「KI1S2」型

20070122225023.jpg

この軍事郵便のアドレスは、呉局気付イ30セ15で、ナンコリーの呉鎮守府第八特別陸戦隊です。この組み合わせの使用開始は、18年の7月8日から18年9月19日までです。因みに「イ30」は17年7月14日から、「セ15」は18年6月15日からの使用開始です。

・・・区別符シリーズは、書く事を省略しまくれて便利でいいなぁぁ・・・って、最近おもとります・・・Ψ(`▽´)Ψ ・・・テヘッ。

ウ108

今日は、再び海軍の区別符に戻って軍事郵便をご紹介しましょう♪

「OU123」型

20070122223908.jpg

この軍事郵便のアドレスは、所在地+部隊に派遣隊を表す区別符が付いた例で、大湊局気付ウ108ウ206ウ83は、松輪、千島特別根拠地隊、派遣隊を表しています。「ウ108」が割り振られたのは、17年の4月6日で、この組み合わせが使われていたのは、17年12月9日から28日までの約3週間の使用例です。
この「ウ206」は後に気付が大湊局気付から横須賀局気付に移っていますので短命のアドレスになっています。

第26師団

今日も師団シリーズです。
第26師団の軍事郵便をご紹介しましょう。

第26師団も、昨日の第22師団と同じく中国から南方に転用された師団で、編成は華北、補充担当は名古屋の師団でした。編成は昭和12年9月30日で、日中戦争勃発直後に編成された師団でした。通称号は「泉」、終戦時の所在地はフィリピン・レイテ島で、上級部隊は第14方面軍でした。

20070123005519.jpg

この軍事郵便も中国時代の軍事郵便で、アドレスは北支派遣 泉第5314部隊とあり、歩兵第11連隊で、この部隊も最終的にはレイテ島に投入された連隊でした。

第22師団

久々の師団シリーズです。
今日は、第22師団からの軍事郵便をご紹介しましょうΨ(`▽´)Ψ

第22師団は、編成地は宇都宮で、補充担任は仙台の師団で、昭和13年に編成された師団です。通称号は「原」で、終戦時はバンコク、上級部隊は第18方面軍でした。

20070123004209.jpg

この軍事郵便は、第22師団が中国に展開していた時代のもので、アドレスは、北支派遣 原第5316部隊となっています。歩兵第13連隊です。

8361

今日の題名「8361」は、ちょいと見ただけでは、陸軍の部隊番号に見えなく無い海軍の軍事郵便です。

これは、分類記号、「YN12」型と分類していまして、俗に「ウ無し」と言われている軍事郵便で、頭に「ウ・テ・イ・セ」が付けられる前の「ウ」の地域のみに存在する使用例です。

20070122211550.jpg

アドレスは、横須賀局気付8361で、ヤルート・イメージ「83」の第19航空隊「61」です。この部隊の組み合わせがアドレスで存在するのは、16年の2月24日から同年11月22日までの期間でした。

因みに・・・8361の陸軍部隊は・・・第1航空通信連隊なんですが・・・・まっ関係無いネタなので、流してくださいΨ(`▽´)Ψ

セ44

今日もズボラ路線まっしぐら、区別符シリーズと行きましょう♪
本当は好きなんですね・・・私Ψ(`▽´)Ψ

「YS1U2」型

20070122210642.jpg

この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付セ44ウ158で、サガン 第201設営隊差出で、「セ44」は18年11月1日の告示で、「ウ158」との組み合わせは、18年11月1日から19年8月28日まで使用されたアドレスです。
(因みに「ウ158」の使用開始は17年12月22日です。)

テ22

今日は、調子に乗って「テ22セ169」からの軍事郵便をご紹介しましょう♪

「KT1S2」型

20070122002649.jpg

この軍事郵便のアドレスは、呉局気付テ22セ169で、キャビデ 第133防空隊差出で、「テ22」は19年7月29日の告示で、「セ169」との組み合わせは、19年10月19日から使用されているアドレスです。
使用されている葉書は、上質厚手紙の活版印刷の海軍特別航空軍事葉書です。

テ21

今日は、忙しいので、簡単にしますΨ(`▽´)Ψ

今日の軍事郵便は、呉局気付テ21テ60をご紹介しましょう。
分類記号は、「KT12」型です。

20070120233005.jpg

今日の軍事郵便の部隊は、マニラの第332設営隊です。
テ21、マニラの使用告示は17年1月29日からで、テ60の第332設営隊との組み合わせは、19年の9月5日からです。
使用されている葉書は、上質厚手紙の活版印刷の海軍特別航空軍事葉書です。

セ33

今日は、「セ33」サマリンダから差し出された軍事郵便をご紹介いたしましょう。

サマリンダは、現在インドネシアの一都市で、ボルネオ島南部にあるマハイム川に面した主要都市です。位置的には赤道の真下ぐらいで、そのすぐ南にはバリクパパンがあり、ここには世界的な油田で有名でした。

20070119181156.jpg

この軍事郵便のアドレスは、呉局気付セ33セ11(ユ)で、サマリンダ 第101海軍燃料廠 採油部を表し、分類記号では「KS12Op」型です。(「ユ」が採油部を表すその他の記号です。)
このアドレスは、サマリンダがセ33に指定されたのが昭和17年9月2日で、この第101海軍燃料廠との組み合わせの使用開始は、17年9月23日からです。

当分、このシリーズで引っ張ろうと思案中ですΨ(`▽´)Ψ

やっちゃった

うぉぉぉぉぉぉぉ!!!
やって・・・しまった!!

ケータイをト○レにどぼん!っと(TT)

いやぁぁ・・・・即座にサルベージュ、直ぐにトイレットペーパーとタオルでグルグル巻きに・・・。
そこは、人の家のト○レ!!
いやぁぁ・・・かって知ったる人の家♪家人に承諾なく、洗面所のドライヤーでブォォォォォ・・・・とやる事30分!!

ふっかぁぁつぅぅぅ!!血涙Ψ(`▽´)Ψ

携帯電話は、普段、何気なく使っていますが、イザ無くなるともう・・・在る意味恐怖の対象になりかねないぐらい依存してるものなんですよねぇぇ・・・。
(因みに磯は、メールは全然使えません。)
携帯を無くすと何が怖いかと言うと、登録データーでしょう・・・仕事、交友・・etr・・・。

今日は本当に復活してくれて嬉しかったです(><)
有難うございます。
携帯電話様m(_)m

やっぱ・・・・私は・・・

日頃の行いが良かったのでしょうΨ(`▽´)Ψ

・・・そもそも、日頃の行いが良かったのならそもそもこんな事にはならないだろうΨ(`▽´)Ψ なんてツッコミはなしですよん♪

海軍所在地、部隊区別符

今日はすこぉぉぉし、真面目にやりましょう♪
昨日のブログで宣言した事を、珍しく有言実行で、「海軍所在地、部隊区別符」についてやって見ましょうΨ(`▽´)Ψ
でも・・・まだ、ヨチヨチ歩きなんですから、揚げ足取りはやーよΨ(`▽´)Ψ

太平洋で戦雲が高まり始めた昭和14~5年頃より、帝国海軍は対アメリカ戦及び南方の資源確保のため南洋群島における戦備を極秘のうちに進める計画が立案されました。測量艦や敷設艦などの派遣や城築のための設営隊の派遣を始め各種の軍事作戦を開始し始めました。そのような状況の中、南洋群島に展開する部隊への通信アドレスを秘匿するため、区別符と呼ばれる独自のアドレス方式が導入されました。

区別符には所在地区別符と部隊区別符があり、当初は2桁の数字で表しそれをつなげてアドレスとしましたが、開戦後の17年1月からは戦域を4つに分け、片仮「ウ・テ・イ・セ」を数字に冠したスタイルに改められました。原則として1番目に所在地、2番目に部隊の区別符をつなげ、支隊などの場合は3番目にそれを加えるシステムでしたが、内地部隊などの場合には、部隊区別符が単独で使われることもありました。
所在地区別符は余り変更が無かったのですが、部隊区別符は部隊の解隊や新編のため、極めて変更が多いのが特徴です。
(現在、この部隊区別符と所在地区別符の組み合わせや陸軍の通称号を記したアドレス、軍事郵便の手紙の内容により、使用された時期を特定する手がかりになっています。)

また、陸軍部隊が海軍の軍事郵便ルートを利用する場合には、陸軍部
隊も区別符を使用しましたが、この制度には例外も多く、非常に複雑になっています。

さて、この複雑な「海軍所在地、部隊区別符」に、今回私の独断と偏見で勝手に分類??記号をこの際付けてみました。
此処で、奥様!!ご注目!!
今回、私が勝手に付けた分類記号は、あくまでも個人的な分類基準なので、この方法に因る分類は余りお勧め出来ませんΨ(`▽´)Ψ
まぁぁ・・・・自己満足の為に割り振った部類記号なんですよねぇぇ・・後、記号の付け方も、「二重丸印」分類する方法を、磯、お得意のパクリで盗んだ奴やし・・・Ψ(`▽´)Ψ

アドレスパターン・記号表

1、付の記号(~局気付の省略)
横須賀<Y> 呉<K> 佐世保<Sa> 東舞鶴<H> 大湊<O> その他国内地名<Ci> その他国外地名<Co>

2、別符頭文字の記号
頭文字無<N> ウ<U> テ<T> イ<I> セ<S>

3、区別符組合せ記号
所在地<1> 部隊A<2>  部隊B<3>
注)部隊Aは所属部隊本体、部隊Bは分遣隊や派遣隊などの枝番を表します。

4、陸軍の記号
隊長個人名部隊<An> 通称号及び部隊番号<Ad>

5、その他の記号
船舶<Sp> 別記号(特別な指示が付いている記号)<Op>

因みに今日、ご紹介する軍事郵便を上の記号を使用して分類すると、「SaI12」型、昨日ご紹介した軍事郵便は「YU12」型になります。
(但、上表「3」の組合せ記号のみ、同じ記号が重なった場合同じ記号を省略します。上記、例を参照にして下さい。「SaI1I2」→「SaI12」)

以上の記号はあくまで暫定(個人)的な分類方法なので、これらは普遍なものではありませんΨ(`▽´)Ψ

「SaI12」型

20070118233631.jpg

今日の軍事郵便のアドレスは、佐世保局気付イ19イ16で昭南島(シンガポール)の第10通信隊です。
この所在地区別符は、昭和17年1月19日から使用開始されました。

※今日の日記UPの為の主要参考文献に、大西二郎氏著の「太平洋戦争における日本海軍の郵便用區別符」を使用しております。

うわぁぁ・・・字でいっぱいだよ・・・今日のブログ・・・。
明日は、大嵐の可能性大!皆様気をつけてくださいΨ(`▽´)Ψ

実際の所・・・結構真面目にやると、本当に自分の国語力の無さと実力の無さを痛感させられます・・・どうぞ、暖かい目で見守ってやって下さいm(_)m

ウ103

昨日はなんか、自分で書いててダラダラになっちゃった感がありましたね。・・・いかんいかん・・・。

今日は、簡素に行きましょうΨ(`▽´)Ψ
(↑確信犯ですね。コイツ)

今日、ご紹介するのは、大鳥島(ウエーク)からの軍事郵便です。

20070117101914.jpg

この軍事郵便は、海軍独特の郵便アドレスが記載されている軍事郵便で、横須賀局気付ウ103ウ100というアドレスが記載されています。これは、海軍所在地区別符、部隊区別符と言われるもので、「ウ・テ・イ・セ」記号+数字番号を一組として、それを数組組み合わせる事によってその部隊の所在地、部隊を表現したアドレス表示でした。

今日の軍事郵便の部隊は、ウ103でウエークを示し。次のウ100で第65警備隊を表しています。
この部隊(第65警備隊)に、このアドレス(部隊区別符)を割り振られたのは、昭和17年1月29日で、上の所在地区別符との組み合わせでの使用開始は、17年5月7日と記録にあります。

今日から数日は、この海軍区別符のパターンを解説を交えてやっていこうと考えていますので、少し退屈かもしれませんが、どうぞお付き合いください。

テニアン

今日は、太平洋の激戦地、テニアンからの軍事郵便をご紹介しましょう。

テニアン島は、北マリアナ諸島の島の一つで、面積は約100 km²、サイパン島から南に約8kmの距離にある島です。島には戦前、椰子栽培や砂糖の生産が盛んで、砂糖は台湾に次ぐ東洋第二位の生産量を誇りました。
島北部に当時、南洋諸島で一番大きい飛行場であるハゴイ飛行場があったことから、軍人の駐屯は陸海軍合わせて1万500人に達しました。米軍はテニアンの戦略的価値の高さに注目し、昭和19年7月24日に北部のチューロ海岸から上陸、8月2日に同島を占領しました。その後、ハゴイ飛行場は拡張整備され、本格的な日本本土空爆を行う基地となりました。19年11月以降、連日のように日本に向かうB-29がこの島から日本に向けて出撃し、20年8月6日の広島、8月9日の長崎への原爆投下作戦もここから発進したB-29が行いました。

20070116084156.jpg

この軍事郵便のアドレスは、横須賀局気付ウ21(テニアン)雷第3205部隊で、テニアン島に展開していた陸軍の第29師団野戦病院です。(このアドレスは、海軍のアドレルと陸軍のアドレスとのハイブリット型のアドレスで、初めの記号部分{○○局気付、○○}を海軍の所在地別区別符といいます。)

第29師団は大宮島(グァム島)に師団司令部を置いていた師団で、編成地は満州、兵員補充区は名古屋の師団でした。上級部隊は31軍、南部マリアナ集団に属していました。この師団は、本体をグァム、歩兵第18連隊の一部がサイパンに、そして歩兵第50連隊を主体に、第29師団野戦病院、歩兵第18連隊戦車中隊、歩兵第135連隊の一部がテニアンに展開していました。
テニアンに展開した歩兵第50連隊を基幹とする部隊は、9日の激戦の後玉砕、市民義勇軍約4000人、陸海軍将兵と合わせて、約1万5千名が戦死されました。

第29師団についてはグァム島をご紹介する時にもう少し詳しく説明いたしますね。

今日は・・・少しは・・・真面目・・・かな?

工作艦 朝日

お約束どうり海軍モノUPです。
この私が公約を守るってのは・・・やはりエルニーニョが原因しているのでしょうかΨ(`▽´)Ψ

っと、言う事で、今日は工作艦「朝日」をご紹介しましょう。

20070116082131.jpg

第二海軍軍用郵便所 昭和13年7月12日の消印、アドレスは佐世保局気付軍艦 朝日です。

朝日については・・・すいません・・今日は説明サボリます。
どっかに良いHPが在るのでそちらで検索して頂ければ幸いですΨ(`▽´)Ψ

・・・・また、やっちゃったよ・・・Ψ(`▽´)Ψ

寒いので・・・

南国気分に浸れるものを所蔵品箱から探してたら・・・こんなのにぶちあたちゃいましたので、サルベージュして来ました♪

20070114232352.jpg

当時の日本同盟国タイからの到着便です♪
差出地はバンコク、1942(昭和17年)年7月31日です。
日本の検閲封緘ラベルが貼られ、裏面に「逓信省/第七/検閲済」印で封印されています。

磯好みのカヴァーですΨ(`▽´)Ψ
冷え込む夜は、たまにはこんなカヴァーをめでながら、トムヤンクン(もちろんお土産用のインスタント)でタイガービールをキュッΨ(`▽´)Ψ 南国気分に浸るのも良いかも知れませんね♪

明日は、久々に海軍モノで攻めてみましょう♪乞う!ご期待Ψ(`▽´)Ψ ・・・・こんな事書いた次の日は大抵ここの読者を裏切る可能性が大の磯ですよねΨ(`▽´)Ψ

緊急告知

我が軍事郵便保存会、関東事務局長の手による硫黄島関連の軍事郵便を使用した特別展示を行います。

名古屋、丸栄スカイル8F物興会場
「第30回 世界の貨幣祭」
1月18日~同24日までです。


展示場所は、同会場内、「エーススタンプ」さんのショーウインドーの一段をお借りして行います。
(切手店のショーウインドーですがもちろん非売品ですよ!!)

今回の特別展示は、映画「硫黄島からの手紙」を題材にして、硫黄島関連の当会の所有するマテリアル(材料)から厳選して構築したものです。展示スペースの関係上、大幅に展示品を削る事になってしまったのは残念ですが、その分、内容は濃くなってると思います。
(4リーフ{ページの事}をショーウインドー一段で展示予定)

iwojima2.jpg

展示品の一部です♪

是非お時間がとれればご参観頂ければ幸いです。

島内使用

今日は、ちょいと重い品物を持ってきました。

20070113210759.jpg

これです。

消印は、沖縄・糸満、昭和20年3月16日、沖縄の島内使用の葉書です。
宛先は、読谷山村です。

この葉書の宛先も差出も両方、沖縄戦が少し詳しい方なら直ぐにピーンと来る地名だと思います。
米軍上陸の約2週間前の葉書です。

第27師団

今日は、昨日に引き続き、師団シリーズ、第27師団の軍事郵便です。

第27師団は、編成されたのが昭和13年6月21日に、北支那駐屯混成旅団を基幹として編成されました。この旅団は長らく天津方面に展開していたのですが、支那事変勃発後、13年2月に支那駐屯兵団に改編、そして6月に第27師団として編成されました。補充担当は東京、通称号は「極」で終戦時は南昌(華中)、終戦時の上級部隊は支那派遣軍でした。

この師団は、編成後すぐに華中の第11軍隷下に入り武漢攻略作戦に投入、作戦終了後は華北に戻り天津近辺の治安維持に従事していました。昭和14年に支那派遣軍が新設されると、その直轄師団となりましたが、任務は華北の治安維持が主な任務でした。18年6月、関東軍の指揮下に入り満州に駐屯していましたが、19年2月の大陸打通作戦に参加する為に華北に舞い戻り、その後、各種の主な作戦に参加、さらに華南の飛行場破壊に従事しました。20年に入り、広東に駐屯していましたが、連合軍の上陸に備え南京方面に後退中に終戦を迎えました。

20070112001944.jpg

この軍事郵便のアドレスは、北支那派遣 極 第2902部隊で、支那駐屯歩兵第1連隊です。

この師団の前身の北支那駐屯混成旅団は、歴史を追っかけると面白い部隊なので、機会があればさかのぼってご紹介しましょう。

因みにに現在このブログでご紹介している軍事郵便の内、部隊通称号が付いているものは、基本的に太平洋戦争勃発後のものですので、それ以前の個人名部隊の時代などの軍事郵便も、おいおいこの場でご紹介していく予定です。

第58師団

久々の師団シリーズです。
(因みに、昨日ズボラしてUPしたのは元旦スペシャルで使用した画像の流用でした。)

今日は、第58師団の軍事郵便をご紹介しましょう。

第58師団は、昭和17年2月2日、編成地は華北の漢口付近で、独立混成第18旅団を基幹として編成されました。この時に復員予定の第106師団(熊本)から人員、装備を補充されて居るのでこの師団の補充担当は、熊本となりました。師団通称号は「広」、終戦地は華中で終戦時の上級部隊は第11軍でした。

因みに、この第58師団~第60師団、第68師団~第70師団の6個師団は太平洋戦争勃発後に中国の独立混成旅団を改編して編成された治安維持師団です。

この師団は、編成後、独立混成第18旅団の警備担当任務を引き継ぎましたが、湘桂作戦、衡陽攻略作戦に参加し、桂林作戦では主力を勤めて、作戦後は同地の警備にあたりました。20年4月、華中方面の防衛強化の為、広西方面の日本軍は撤退する事となり、同師団は撤退部隊のしんがりとなって中国軍と交戦、多くの犠牲を出しました。

20070111210834.jpg

この軍事郵便のアドレスは、中支派遣 廣 第7317部隊で、独立歩兵第106大隊です。

今日は、真面目にやったから許してもらえるだろうか・・・(←誰に?独りつっこみΨ(`▽´)Ψ )

ジャワ軍政監部

20070101101213.jpg

ジャワ軍政監部差出の軍事郵便です。

今日は説明無しです・・・疲れました。
明日からは、もう少し真面目になろうと努力いたしますΨ(`▽´)Ψ

ちょい他で使用した流用ですΨ(`▽´)Ψ

今日は、時間が無かったので、他の原稿に使用した図版の使いまわしです♪

戦艦大和からの公用軍事郵便ですΨ(`▽´)Ψ
(また大和かい!って苦情は無しですぜ♪だって・・・好きなんだもんΨ(`▽´)Ψ )

さて本題です。

20070109233416.jpg

20070109233426.jpg

これは、有名な「日本赤十字社御中」カヴァーの一族です。
当時、軍事郵便は一通20gまでが無料でしたが、公用便に限り、600gまでが無料で送る事が出来ました。
多分この公用軍事郵便の中身は、赤十字社員への入会申し込みだと思われますが、流石は、巨大戦艦大和、申し込み希望者が多かったのでしょう♪私の知る限り、大和差出のエンタとしては現存最大の大きさです・・・Ψ(`▽´)Ψ

おまけ

当社比で普通の封書と比べてみませうΨ(`▽´)Ψ

20070109233442.jpg

比較対象のお隣は「軍艦大和 司令部 宇垣纏」差出の軍事郵便で、中身の手紙は昭和18年の1月9日に書かれた年賀状で、連合艦隊旗艦が大和から武蔵に変わる(2月12日)直前のエンタです。
(表はもちろん無料軍事郵便で、検閲者は、山本五十六と共に一番機で戦死した福崎副官です。)

因みに、宇垣纏は山本五十六戦死時(この年、18年の4月18日)、2番機の一式陸攻に搭乗しており、やはり撃墜されたのですが、九死に一生を得ています・・・が、この辺を語り出すと長くなるので今日はこの辺にしておきませうΨ(`▽´)Ψ
↑この宇垣さんの軍事郵便は、また別の機会に有名人シリーズとしてきちんとご紹介しましょう♪

黄昏のスイス

スイスからの着便も4日続けてやったら、飽きますね♪
とっ言う事で、とりあえず今日で「スイス着便」シリーズは終わりです。最終回の今日は・・・何にしようかと悩んだ挙句、コレに決定しました♪
・・・まっ完全に磯好みのかわい娘ちゃん(死語ですね)ですΨ(`▽´)Ψ

20070108140019.jpg

1944年7月3日、WINTERTHUR1局差出、日本の検閲ラベルが貼られ、裏面に「逓信省/第七/検閲済」の封印が在ります。
貼り付けて在る切手は、スイスの寄付金付き切手で、30サンチーム+10サンチーム(寄付金)の切手です。この切手は、4種発行されたシリーズ切手の最高額面切手で、この4種の使用例の中ではずば抜けて少ない使用例と言われています。(まぁぁ・・んな事言っても流石郵趣大国、たいした評価額では無いのですが・・・♪)
この寄付金付き切手の面白い所は、使用期限が限定されている点で、発売後約3ヶ月しか使用できなかった所でしょうか。
(↑この辺の記事、記憶だけの文献無しで書いていいるので間違ってたらすいません。結構自信無いですΨ(`▽´)Ψ )
そんな切手使用の日本宛・・・・まぁぁ理屈の上では在るでしょうが・・・実際に現物を見ても半分信じられない気持ちにされた一品です。

とりあえず、今日でスイス着便シリーズはひとまず終わりにして、明日からはまた、軍事郵便のご紹介に戻りましょうΨ(`▽´)Ψ

気分はもうスイス

今日も、スイスからの着便です♪
昨日までは封書だったので今日は葉書をチョイスしてみました♪

20070107203043.jpg

この葉書は、1939年に発行された記念絵葉書の使用例です。まぁぁ・・この葉書本体自体の評価は、ミッヘルでもイベールでも(←カタログ)たいした事は無いのですが、事、日本宛・・・しかも、対戦中となると話は別です。

差出は、KÜSNACHT局、1943年10月26日で、札幌の北大の理学部に送ったもので、料金は20サンチームです。
葉書の余白には「逓信省/第九/検閲済」の印が乗っています。

この葉書に注目する点は、切手が張って在る隣の余白に当時の逓送ルートが事、細かく記入してある点でしょう。(この当時{1943年秋頃}の別口の資料と照らし合わせても一致します。)この部分は、私的には非常に評価している点です。

こう云う使用例が好きなんですよね♪磯は・・・・Ψ(`▽´)Ψ

スイスがマイブーム

っと言う事でスイスからの着便。

今日は、東京の商社(三菱商事)宛ての大戦中の到着便をUPしましょう♪

20070106234033.jpg

1942年3月4日、スイスのBERN16局差出の手紙で、逓信省の検閲ラベルが開封された所に貼られて、「逓信省/第一/検閲済」の印で封印されています。料金は昨日の例と同じ30サンチームです。

スイスからの着便は、その殆どが当時、日本に居た外国人宛てのものが多く、日本人宛てのものは残存量が少ない様です。

スイスからの手紙

太平洋戦争中、中立国から日本に来た郵便物と宛てた郵便物で、一番多く郵便物が現存している国は、スイスでしょう。

今日は、スイスから日本に宛てた郵便物をご紹介しましょう。

20070105233942.jpg

この手紙は、1942年(17年)1月20日にスイスのTHUSISから差し出された神戸宛ての郵便物で、料金は30サンチームです。
郵便物の宛先は神戸のドイツクラブ気付のドイツ人です。
封書の左端を検閲の為に開封、裏面に「逓信省/第一/検閲済」印で割り印をして、表にも証示の捨て印を押してあります。

日本宛ての外郵便としては、開戦後の外国郵便再開初期の郵便に相当する郵便物だと思われる例です。

まぁぁ・・・大戦中の日本宛ての外郵便としては、一番ポピュラーな例、なんじゃないでしょうかΨ(`▽´)Ψ

第206師団

今日は、日本本土決戦部隊として、20年2月以降に編成された師団の差出の郵便をご紹介いたします。

この第206師団の編成は、20年4月2日で、熊本で編成、部隊通称号は「阿蘇」でした。師団の最終展開地は、伊作(南九州)で、上級部隊は、第16方面軍でした。

20070104211051.jpg

この部隊アドレス、阿蘇32406部隊は、迫撃砲第206連隊でした。
差出日が20年6月4日で、葉書料金が5銭になって居るのに3銭の葉書を使用しているので、不足料金2銭の倍額4銭が徴収されています。

北支派遣軍直轄部隊

今日は、北支派遣軍の直轄部隊からの軍事郵便をご紹介しましょう。

20070103222532.jpg

アドレスは、北支派遣 甲1831部隊で、第187兵站病院です。
所在地は以前にご紹介した幹部候補生学校の在った保定でした。

部隊通称号、「甲」は北支派遣軍の方面軍司令部司令部に割り振られた通称号でした。

«  | HOME |  »

プロフィール

324-磯風

Author:324-磯風
1972年生まれ 男
軍事郵便保存会・関西事務局員
趣味と酒、食、女、宇宙戦艦ヤマト、インドア生活(休日)をこよなく愛す
趣味・秘密
本業・割と堅い職業
ニックネーム?・黒い服着た悪魔
トレードマーク・Ψ(`▽´)Ψ
PC系・電気系(家電も含む)が完全に駄目な私ですが、何時まで続ける事が出来るのやら・・よろしくお願いいたします。

注意事項
このブログ中で使用している画像、及び文章は転載、コピー厳禁です。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する